太陽光かタングステンライトが当たり、フィルムに人間と風景が感光したら、もう映画だ。撮ろう。そんな思いが募るばかりだった。

Vol.57
映画監督
Kazuyuki Izutsu
井筒 和幸

ボクのような、今までにない新しいテーマで新しいタッチの邦画を探していた映画ファンには、(前回も触れたが )“実録”と銘打って現れた1973年の『仁義なき戦い』シリーズはかなりの衝撃だった。

大阪の道頓堀東映のオールナイトに集まった観客たちのあの異様な昂奮は今も忘れられない。ラストに「終」マークが出て場内が明るくなろうが、客たちの半分は帰ろうとせず、また次の回も見るつもりで居座っていた。なので、席が空いてもすぐ埋まり、仕方なく真ん中の通路の冷たい床に週刊誌を尻に敷いて座り込むしかなかったのだ。その2筋の通路も埋まると、もう一番後ろで立ち見しかなかった。でも、ボクには100分間はあっという間だった。

後年、そんな体験をした覚えはない。邦画は衰退の一途だった。横長のシネマスコープの銀幕に、固唾をのみ、一同に笑い、一同に仰天し、一同に凝視した、そんな至福の時はもうボクにも訪れなかった。

邦画はアメリカンニューシネマの潮流から外れたまま、画像も音楽も古いスタイルを破れず、映画青年には勉強にならないものが殆どで、映画を見て、生きるエネルギー源にしてきた青年には、我慢ならなかったのは確かだ。満足できないのなら、自分で作るしかないな。そう思うともう退路を断つしかなかった。

その年末、『北国の帝王』(73年)なんていう、鬼才ロバート・アルドリッチ監督の力作が封切られた。主演はぶっきらぼうな顔の俳優、リー・マービン。ボクは『ポイント・ブランク』(68年)や『特攻大作戦』(67年)からのフアンだし、見逃してはならないと駆けつけた。1930年代の世界恐慌の中、アメリカの無職者たちは貨物列車にタダ乗りして放浪するホーボーと呼ばれた。彼らの敵は列車の車掌だ。ホーボーを見つけ次第、ハンマーとチェーンで殴って振り落とした。車掌とのそんな生きるか死ぬかの闘いに久しぶりに昂奮した。

『燃えよドラゴン』という珍しい香港カンフー物がバカ当たりしていたが、ボクはそんな荒唐無稽なモノはもうウンザリだった。

74年に入り、『ダラスの熱い日』というケネディ大統領暗殺の内幕を暴く作品は勉強になった。アメリカの軍産複合体制の下、企業と米情報部の黒幕たちが共同謀議し、何人もの狙撃手たちに暗殺指令を出す、その真相に迫るものだった。映画は実録サスペンスに勝るものはないなと感心した。

3月に観た、スティーブ・マックィーンとダスティン・ホフマンが共演の大作『パピヨン』にも圧倒された。原作者の実体験を基にした、南米ギアナの孤島の刑務所から脱獄に成功した男の執念の物語だ。不条理に抗う人間の本質を学んだ気がした。

そして、スペインの巨匠、噂のルイス・ブニュエル監督の新作、『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』が大阪の名画座にかかった。タイトル通り、ブルジョア階級の人間たちが様々な非常識行為をやらかす奇妙な映画だ。このシュールレアリズムの皮肉たっぷりな展開には何度も笑って、しばらく時を忘れた。こんな愉しい芸術はあの寺山修司でも無理だろう。まあ、ボクはリアリズムを目指そうと思ったが。

『激突!』というテレビ映画を撮ったS・スピルバーグという20代の若い監督の、『続・激突!カージャック』(74年)というニューシネマもあった。仲間が観てきて、話はダラダラしてたけど、画像が新しくてカッコよかったと言う話を聞くと、益々、映画を作りたい衝動にかられた。

映画界の誰から頼まれた訳ではないが、よし、ニューシネマを撮ってやる、古くさい画面なんて塗りかえてやると奮起はしたものの、さて、何を作るんだ、仲間はいるのか、資金はどうする、カメラは誰が扱えるの?フィルムはどこで買うんだ・・・判らないことばかりだった。

とにかく、一緒にやる気がある仲間を探した。隣町に住む高校の同級生が乗ってくれた。何を撮る?一番安く作れそうで劇場に売り込めそうな、ピンク映画はどうだろ。それならカメラは劇場用の35ミリ型や。その同級生は理科系で「16ミリと変わらんやろ。写真機は一緒だし、操作は覚えるわ」と軽く言った。どこで借りる?知り合いから紹介された機材屋がある。プロでないと貸さないらしいが。まあ適当にウソをついて借りよう。フィルムはその機材屋に訊こう。

そして、同級生が5人集まった。照明係をやると言ってくれた一人が「裸になれる女はいるの?」と聞くので、ボクは「出たい奴を探して口説くわ。東京のピンクのプロも当たるわ」と答えた。後は資金だった。「中学、高校の同級生からカンパを貰おう」と、ボクは友人男女を問わず頼み回ったが、「まじめな映画と違うし、いやらしいのはイヤだわ」と誰の賛同も得られず断られた。結局、仲間らがバイトで貯めた何十万かを出し合ってくれて、ボクは父親に80万円ほど「必ず返すから」と無心した(結局、30年後に父が死んでも一銭も返さずじまいだったが)。

そして、大阪の先輩にも話を持ちかけ、脚本を頼んだ。先輩は選りによって、小林旭の『ギターを持った渡り鳥』(59年)がヒットした昭和30年代を舞台に、田舎の青年が悶々とエロな日々を送り、東京に旅立つというピンク映画には滅多にない時代設定のラフ稿を上げてきた。

よし、これでいこう。太陽光かタングステンライトが当たり、フィルムに人間と風景が感光したら、もう映画だ。撮ろう。そんな思いが募るばかりだった。

≪登場した作品詳細≫

『仁義なき戦い』(73年)
監督:深作欣二
脚本:笠原和夫
原作:飯干晃一
出演:金子信雄、木村俊恵、松方弘樹 他

『北国の帝王』(73年)
監督:ロバート・アルドリッチ
製作:スタン・ヒュー
出演:リー・マービン、アーネスト・ボーグナイン、キース・キャラダイン

『殺しの分け前 ポイント・ブランク』(68年)
監督:ジョン・ブアマン
脚色:アレクサンダー・ジェイコブス、デイヴィッド・ニューハウス、レイフ・ニューハウス
原作:リチャード・スターク
出演:リー・マービン、アンジー・ディキンソン、キーナン・ウィン、キャロル・オコナー 他

『特攻大作戦』(67年)
監督:ロバート・アルドリッチ
製作:ケネス・ハイマン
原作:E・M・ナサンソン
出演:リー・マービン、アーネスト・ボーグナイン、チャールズ・ブロンソン、ジョン・カサベテス 他

『燃えよドラゴン』(73年)
監督:ロバート・クローズ
製作:フレッド・ワイントローブ、ポール・ヘラー、レイモンド・チョウ
脚本:マイケル・オーリン
出演:ブルース・リー、ジョン・サクソン、アーナ・カプリ、ロバート・ウォール 他

『ダラスの熱い日』(74年)
監督:デビッド・ミラー
脚本:ダルトン・トランボ
原作:ドナルド・フリード
出演:バート・ランカスター、ロバート・ライアン、ウィル・ギア、ギルバート・グリーン 他

『パピヨン』(74年)
監督:フランクリン・J・シャフナー
製作:フランクリン・J・シャフナー、ロベール・ドルフマン
原作:アンリ・シャリエール
出演:スティーブ・マックィーン、ダスティン・ホフマン、ビクター・ジョリイ、ドン・ゴードン 他

『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』(74年)
監督:ルイス・ブニュエル
製作:セルジュ・シルベルマン
脚本:ルイス・ブニュエル、ジャン=クロード・カリエール
出演:フェルナンド・レイ、ポール・フランクール、デルフィーヌ・セイリグ、ビュル・オジエ 他

『激突!』(73年)
監督:スティーブン・スピルバーグ
製作:ジョージ・エクスタイン
原作:リチャード・マシスン
出演:デニス・ウィーバー、ティム・ハーバート、チャールズ・シール 他

『続・激突!カージャック』(74年)
監督:スティーブン・スピルバーグ
脚本:ハル・バーウッド、マシュー・ロビンス
製作:リチャード・D・ザナック、デビッド・ブラウン
出演:ゴールディ・ホーン、ベン・ジョンソン、マイケル・サックス、ウィリアム・アザートン 他

『ギターを持った渡り鳥』(59年)
監督:斎藤武市
脚色:山崎巖、原健三郎
原作:小川英
出演:小林旭、浅丘ルリ子、中原早苗、渡辺美佐子 他

出典:映画.comより引用

※()内は日本での映画公開年。
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●映画『無頼』

『無頼』はNetflixでも配信中、DVD も発売中。

プロフィール
映画監督
井筒 和幸
■生年月日 1952年12月13日
■出身地  奈良県

奈良県立奈良高等学校在学中から映画製作を開始。 在学中に8mm映画「オレたちに明日はない」、 卒業後に16mm「戦争を知らんガキ」を製作。
1975年、高校時代の仲間と映画制作グループ「新映倶楽部」を設立。
1975年、150万円をかき集めて、35mmのピンク映画「行く行くマイトガイ・性春の悶々」(井筒和生 名義/後に、1977年「ゆけゆけマイトガイ 性春の悶々」に改題、ミリオン公開)にて監督デビュー。
上京後、数多くの作品を監督するなか、1981年「ガキ帝国」で日本映画監督協会新人奨励賞を受賞。以降「みゆき」(83年)、「晴れ、ときどき殺人」(84年)、「二代目はクリスチャン」(85年)、「犬死にせしもの」(86年)、「宇宙の法則」(90年)、『突然炎のごとく』(94年)、「岸和田少年愚連隊」(96年/ブルーリボン優秀作品賞を受賞)、「のど自慢」(98年)、「ビッグ・ショー!ハワイに唄えば」(99年)、「ゲロッパ!」(03年)などを監督。
「パッチギ!」(04年)では、05年度ブルーリボン優秀作品賞他、多数の映画賞を総なめ獲得し、その続編「パッチギ!LOVE&PEACE」(07年)も発表。
その後も「TO THE FUTURE」(08年)、「ヒーローショー」(10年)、「黄金を抱いて翔べ」(12年)、「無頼」(20年)など、様々な社会派エンターテインメント作品を作り続けている。
その他、鋭い批評精神と、その独特な筆致で様々な分野に寄稿するコラムニストでもあり、テレビ、ラジオのコメンテーターとしても活躍している

■YouTube「井筒和幸の監督チャンネル」
https://www.youtube.com/channel/UCSOWthXebCX_JDC2vXXmOHw

■井筒和幸監督OFFICIAL WEB SITE
https://www.izutsupro.co.jp

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