織り出されるのは森の精霊? Magdalena Abakanowicz:後編
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A Fibrous Forest, 1960s – 1970s (Abakanシリーズ)
ここは聖なる森?数メートルの幹周、樹齢500年以下では若い樹といわれるヨーロッパイチイ。樹齢500年以上のものは英国を除くヨーロッパではわずか百本以下に対して英国には1500本以上と、英国は中でも抜き出た数を誇り、野生の森も残っています。一方、そのオドロオドロしい容姿と数枚の針のような葉を摂取しただけで死に至るという高い毒性から死のイメージのつきまとう樹ですが、キリスト教の伝わる以前のケルト文化では聖なる樹として祀られていました。そんな森に迷い込んだようなアバカンの集う森、A Fibrous Forest (1960年代から70年代のアバカンシリーズのインスタレーション)
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「Red rope, 1972」
手頃な制作材料が手に入りにくかった時代、アバカノヴィッチはヴィスワ川岸に放置されていた古いサイザル麻で編まれたロープを織物に使い始めます。ヴィスワ川はポーランド最長で、国の中央を南北に流れバルト海に注ぐ、全ての川の源流となる川で、文化的シンボルとしても親しまれている川。ヴィスワの語源は紀元前に遡り、「水」を意味します。アバカノヴィッチは語ります。「ヴィスワ川のほとりでは、いつも使い古されたロープが見つかるの。そのものが歴史を持っている。その縄を一つ一つ解いて、綺麗に洗って、染め直してから、うちのガスストーブで乾かすの。それが私の作品の材料になる。」上の写真はそんなロープをパフォーマンス作品の材料として利用した「Red rope, 1972」。1972年のエジンバラ国際フェスティバルで、赤く染めたロープを血管が街を流れるかのように、観客とエジンバラ市内を引き回したもの。
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左から「black ball, 1975」, 「Abakan red, 1969」, 「Abakan Orange, 1968, 「Abakan Yellow, 1970」。
アースカラーの作品が続いた中、ここで目が醒めるような原色鮮やかな作品が、月や太陽のように現れます。
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「Elephantine ears: Abakan January – February, 1972」
肺と心臓をつなぐ血管、大地に根を張り空にそびえる樹木。どちらも酸素を循環させるという共通点があります。真っ黒なのが気になります。こちらも数メートルの大きな作品です。作品は 「Abakan January – February, 1972」。
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こちらは1980年、ヴェネチア・ビエンナーレにポーランド代表として参加した時の作品の写真。中央に立つのはアバカノヴィッチ。この翌年からポーランド政府は戒厳令を発令。景気の悪化により、反政府運動が絶えなくなったためでした。人々の日常を脅かす軍事政権は1983年まで続きました。アバカノヴィッチの作品も紛争をテーマに、繊維からレジン、木や鉄などとハードなものに変わっていきます。
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「Anasta, 1989」
ポーランドの北東、千湖の楽園と呼ばれるマズーリ湖水地方の森で倒れた老木。手足を失ったような樹に鉄輪をかませた作品は、老木を使ったWar Gamesシリーズの一つ「Anasta, 1989」。アバカノヴィッチは記しています。「しっかりとした太い幹に足を広げたような枝をもった樹体、傷つきながらも強くたくましくエロチックで、あまりにも女性に似ている…。その厚かましさ。」
今回のキュレーションはアバカノヴィッチの初期の作品に焦点を当てた展示でしたが、後年の作品もまたみてみたいと思わせました。
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