公共の場所でのロケは難しい

Vol.193
CMプロデューサー
Hikaru Sakuragi
櫻木 光

あるCMのロケをしていた。

郊外の住宅地。綺麗に区画整理された街で

広めの通りがあり、広めの歩道と広い公園がある。

隣接するマンションがある。近くに大きなショッピングモール。

 

その歩道に架空のバス停を作り、バス停での出来事を撮影する。

本番は暗くなってから。

公園にはカメラをセッティングして、機材なども公園に置いている。

 

当然、その地区の警察署に道路使用許可を出して、承認されての撮影。

撮影の準備、屋根付きのバス停を建てたり、スタッフが準備したり、

本番の撮影の時は当然、一般の人が写り込むわけにもいかないので

その歩道はちょくちょく封鎖することになる。

 

代わりに、その歩道に隣接する公園にパイロンを建てて

迂回してもらうための臨時の通路を作ってそこを通ってもらうようにしてある。

通路の両端と途中にガードマンが立っていて、通る人を誘導する。

という段取り。

 

暗くなってきて、大きいライトをつけているのが目立つようになると

何やってるんだろう?と見にくる人が増えていく。

暗い中に煌々と光るバス停がいきなり出現しているんだから仕方ない。

 

歩道を塞いで作業しているので、時間を追うごとに公園の中に作った迂回路を通る人が増えていく。

当然立ち止まって何が起きているか見ている人も増える。

 

僕は現場の責任者だけど、仕切りは現場のプロデューサーとプロダクションマネージャー、

ロケコーディネーターに任せているので、のほほーんと本番前にお客さんを

連れてやってきて、現場の風景を遠巻きに眺めていた。

 

で、迂回路に見物する人が結構増えてきたので、これをスタッフはどう仕切るんだろう?

と思って、スタッフパス(撮影の関係者が、私はスタッフですと一眼でわかるシールを

体に貼っているのがロケのルール)を外して見物人の中に混じって撮影の状況を見ていた。

 

そしたら、大柄の警備員がやってきて「立ち止まらないでください。見ないでください」

「早く通り過ぎてくださ〜い」と大声で何度も言い始めた。

その態度に違和感があったので、その警備員に聞いてみることにした。

 

「なんで立ち止まっちゃいけないの?見ちゃいけないことしてんのか?」

 

「人が大勢ここに集まっちゃったら危ないからです」

 

「じゃあ、なんの撮影しているかわからないけど、そういうことやめたら?

 見た感じ、ここ公園だからそんなに危なくもないと思うんだけど、

 普通に毎日通る道を勝手に封鎖してるのはあんたたちの都合でしょ?

 あんたのいうことを聞いて俺になんかいいことあるの?

 なんか撮影してると面白そうだから誰だって見るよねえ。危ない撮影なの?」

 

警備員はめんどくせえオヤジが来たなあって感じでうんざりしている。

 

見てる人たちも「そうだそうだ」みたいになっている。すこしやばい。

 

「なんの撮影をしてるんですか〜?」見物人の一人が警備員に聞いた。

「コンプライアンスの問題があるから答えられません」「なにそれ?」

「有名な人はくるんですかあ〜」「YouTubeですかあ〜」

みんなが思い思いのことを聞き始めたから警備員は対処できないと思ったのか

その場からサッといなくなり、ロケコーディネーターが対応のためにやってきた。

 

「何やってるんですか?櫻木さん。勘弁してくださいよ」

くるなりロケコーディネーターが僕を見てイラッとして言った。

「この人この仕事のプロデューサーだよ。なに見物人のフリしてケチつけてんですか?」

 

「いやいや、仕切りが悪いなあーと思ってね。これじゃあ収集つかなくなるよ」

「煽ってるのあんたでしょ」

「違うよ、自分たちの都合で、ロケさせてもらっているココの人たちに不便させたら

 だめなんだよ。理解してもらえるようにしないと。追い払うとか言語道断ね。

 君が仕事でやってるとかそうじゃないとか関係ないのさ。生活の邪魔してるだけだから」

 

「じゃあ自分でなんとかしてください責任者なんだから」と。

 

だから僕、言いました。50人くらい集まった見物してる人達に。

 

「大変ご迷惑をおかけしております。

 これはテレビコマーシャルの撮影をやらせていただいています。

 見物人のフリしていましたが、私はその仕事の責任者です。

 なんのコマーシャルかは、実はまだ企業秘密だから言いたくないんですが

 こっそり聞いてもらったらこっそり答えます。

 

 一つ言えることは皆さんがざわめくような芸能人や有名人は今日は来ません。

 出るのはプロの役者さんたちですけどね。

 予定では夜10時くらいには終わります。撮影は今日だけです。

 別にやましいことをしてることもなく、警察に道路使用許可をいただいて、

 公園の管理事務所、近隣の自治会にも承諾を得て撮影をしておりますので、

 ご覧になりたい方は見ていっていただいて構いません。

 

 ただ、お願いがあるとすると、監督と言われる人が、「本番、よーい」って言ったら

 音を立てるのをやめて欲しいんです。撮影の素材に、見てる人の話し声とか入るのが困るんです。

 「カット!」っていったらまた普通に話してもらって結構です。

 

 また、携帯で撮影しても構いませんが、撮影中のCMは一応企業秘密なので、できれば

 SNSなどにあげるのはやめてくださいね。だから何の撮影か言いたくないんですけどね。

 なんか近所で撮影してるみたい〜ってくらいならOKですが。

 

 あとは、パイロンが立ててあるところから中には入らないでいただきたい。

 機材などが乱雑に置いてあって、それこそ倒れてきたりして危ないからです。

 クレーンとかイントレとかありますからね。意外によく倒れます。

 

 色々言いましたが、皆さんの街でいきなり撮影させていただいてお騒がせして

 いるという自覚はスタッフ全員持っております。ご協力をお願いします。」

 

って一通り演説し終わったらなんと拍手が起きた。

そして意外なことに、集まっていた50人がほとんどその場からいなくなった。

 

わいわいいって喜んで見ていた小学生の集団は

「な〜んだテレビかよ、YouTubeじゃないのか?いこういこう」と言って

あっという間に去っていった。少し寂しい感じがした。

 

そして不思議なことに、その後もほとんど誰も立ち止まらなくなった。

少し人がたまるとまた同じ説明を繰り返した。

 

警備の責任者と、助監督、プロダクションマネージャーをよんで

そういうことだから、見に来た人を無理やり排除したりしないでね。

見に来た人の知りたいことは

1「有名人は来るのか?」

2「なんの撮影をしているのか?」

3「いつまでやるのか?」

の三つだと思う。それがわかれば自分に興味や関係がない場合はさっさと立ち去っちゃうんだよ。

気にもかけなくなるだろう。それがわからないとわかるまで期待を持って居残るよ。

 

そんな情報をお知らせしないまま追い払ったりすると、さっき俺がイチャモンつけたような

ことを言い出すし、しまいにゃ警察に通報したりされるのよ。SNSにひどい撮影だとか

かかれたりしてね。いろんなもめた事例をよく聞くでしょ?ロケで。

 

彼らの日常の中にいきなり入り込んで目立つことをするんだから

土地の人たちと仲良くやれないと絶対失敗する。ロケは。

 

どの仕事も近隣の家やマンションに菓子折を持って事前の説明に行くことには

なってるんだけど、不在だったり知らない人の訪問に出てこない家もたくさんある。

それでも事前の説明も、何をするのか、誰が来るのか、根気強くはっきりお伝え

することが必要だと思う。

プロダクションマネージャーはその辺りのコミュニケーションが一番重要な仕事になる。

 

最近はなんでも秘密主義的に済まそうとする傾向があるけれどそれには無理がある。

見られちゃいけないような撮影を道端でやるほうがおかしいのだ。

伏せておくべき内容は伏せても、礼儀は尽くさなければいけない。

 

そういう意味では、人気絶頂のタレントをいきなりロケ地に出すのも危険である。

警備も大変。

その辺りはケースバイケースで考えなければいけない。

まだ世に出ていない新商品や新型の自動車なんかは絶対、国内ロケでホイホイと撮影はしない。

 

 

経験としては、警察や近隣の住民から苦情がなくても、地回りの怖い人に文句をつけられて

事務所に連れて行かれたこともある。正月飾りを高く買わされてお金を取られたこともある。

ロケしてる奴らが嫌いで、近隣で見かけると妨害してくるネットワークを持った人たちもいる。

 

新型スポーツカーの撮影にドイツのサーキットまでロケに行っても新車パパラッチに

写真を撮られ、日本のゴシップ雑誌に売るといって金をせびられた先輩もいた。

 

人気アイドルグループと海外ロケに行く時に、なぜか空港がファンでいっぱいだったことも

ある。いろんなことが起きるしいちいち対処しなければいけない。

 

撮影の仕事はそこがめんどくさいのだ。

公共の場所での撮影はとんでもないことが潜んでいて怖い。

 

CM製作プロダクションは必ずクライアントを背負っている。

企業から依頼を受けて映像を制作しているので、その企業名を出されて

SNSなどに文句を書かれたりしたら、それが誤解でも、正当な理由があっても

ただでは済まなくなる。ものすごい注意を受けたり、最悪は撮影中止もあり得る。

それそこ仕事が二度とできなくなったり、出入り禁止になったり。

それをわかっていてわざと攻撃してくる人もいる。

 

アメリカで撮影すると、警察の協力なしには撮影はできないのだが

必ず警官がバイクで立ち会ってくれて、撮影が安全に早く終わるように

ものすごい権限で通りを完全にストップしたりしてくれる。

 

日本には撮影に対してそこまで理解はない。

 

だから、お外でCMのロケしている人たちを見かけたら、楽しそうにしてるけど

そんなに楽しくないんだなあと、かわいそうな目で見て欲しい。

いろんな攻撃に晒されながらも守っているものがたくさんあるからだ。

がんばれよ。って思ってあげて欲しいのです。

プロフィール
CMプロデューサー
櫻木 光
プロデューサーと言ってもいろんなタイプがいると思いますが、矢面に立つのは当たり前と仕事をしていたら、ついたあだ名が「番長」でした。

日本中のクリエイターを応援するメディアクリエイターズステーションをフォロー!

TOP