シンガポールではたらくひと #4:光環境デザイナー 服部祐介さん
Fellows Creative Staff Singapore PTE. LTD.代表の大石隼矢(おおいしじゅんや)です。
いつもコラムをお読みいただきありがとうございます。
第29回目のコラムです。前回から引き続き、シリーズ「シンガポールではたらくひと」。今回取材したのは、服部祐介さん。大手照明デザイン会社から昨年独立し、ambiguous社を立ち上げました。
光環境デザイナーとして活躍する服部祐介さんは、現在シンガポール在住の日本人です。建築や不動産業界の様々なプロジェクトに取り組み、照明デザインの専門知識を活かして、空間の環境と美しさを高めてきました。このインタビューでは、服部さんが光環境デザイナーとしてのキャリアの道のりや持続可能なデザインに対する情熱を語ってくれました。
日本で照明デザインのノウハウを学び、都市開発プロジェクトの多いシンガポールへ
まず初めに、シンガポールで働く前のキャリアについて教えてください。
私は東京で生まれ育ち、東京工業大学で建築を学びました。大学院時代に、環境心理学という、空間が人の行動や心理に与える影響を分析する分野を知りました。そこで、光が人間の体験を高める雰囲気を創り出すことができるという照明デザインに興味を持ちました。その後、東京の照明デザイン会社Lighting Planners Associates(以下、LPA)社に入社し、代表の面出 薫さんから照明デザインのノウハウを学びました。
その後、どうしてシンガポールで働くことになったのでしょうか?
LPAにシンガポール拠点があると聞き、海外での仕事に挑戦してみたいと思っていたところ、ご縁やタイミングもあってそのシンガポール拠点に行くことになりました。私は小学校の頃、海外で生活をしていた時期があるので、海外移住に心理的なハードルはありませんでしたね。その後紆余曲折あり、震災やコロナ禍では日本帰国も考えたのですが、現在も引き続きシンガポールにて仕事をしております。シンガポールをはじめ東南アジア諸国は都市開発プロジェクトが多く計画されていて、私の取り組みたいことにも直結するような興味深い案件ややりがいのある機会が多いという魅力的な場所だと感じています。
シンガポールではこれまでどのようなプロジェクトに携わられたのですか?
シンガポールに来てから本当に多くのプロジェクトに恵まれました。皆さんにもわかりやすいところで言えば、チャンギ空港の複合施設「Jewel」、シンガポール国立大学、チャイムス、ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ、IONオーチャードといったシンガポールに住んでいる人ならほぼ全員知っているような場所の建築照明プロジェクトに関わらせてもらいました。
現在は光環境デザイナーとして独立し大小様々なプロジェクトを受注しています。光環境デザイナー、とは耳慣れない言葉かもしれませんが、わかりやすく言えば照明器具の光だけでなく窓からの明かりだったり、逆に光があるからこその影の部分だったり、使われるエネルギーの消費量だったり。光の環境全体を見ながら、光や照明によって人間を含めた自然環境をより良く豊かにしていくデザインをする仕事と定義しています。
様々な案件を受注して進めていく中で日本とシンガポールで異なる部分はあったりするのでしょうか?
日本が優れているとか、シンガポールが優れているとか、そういったことに言及するのは難しいのですが、大きくみて日本は経済的にこの数十年で弱くなってきているし、一方でシンガポールはますます力をつけて発展しようとしています。私はすでにシンガポールに15年以上住んでいますが、そこの部分は建築業界と照明業界に関しても影響がありますね。
私にとって身近な話で両国の仕事を進める上での違いを言うとすれば、日本では建築家やデザイナーが大きな発言権を持っていますし、クライアントにも理解がある方が多いと感じます。一方、シンガポールではクライアントはデザインよりもコストを優先する傾向があります。そのため、クライアントの予算に合わせながらもデザインの品質を維持する提案をする必要がありますし、場合によっては「なぜ選ぶべきか?」をプレゼンします。そこも含めて私たちデザイナーの腕の見せ所かもしれません。
と言うような話をしながら思い出しましたが、シンガポールは「やる時はやる国だな」と思う瞬間も多いです。
政府も介入して国家プロジェクトで超大型予算を投入したチャンギ空港のJewel*はその一つです。空港にあるショッピングモールに約1400億円。日本の新国立競技場と同じレベルの予算感ですよね。
独立後のミッションは、人間中心ではなく、環境負荷を考えた上での光環境デザイン
独立したきっかけをお聞きしても良いでしょうか?
前職は名のある企業でしたので、大きく目立つ建築プロジェクトに携わることができましたし、やりがいも感じていました。15年近く続けてきた中で、自分が今後挑戦したいことの骨組みとなる部分が出来上がってきて、それを自分の考えとしてデザイン活動を発信していきたいと思ったんです。
今後取り組んでいきたいと考えていることについて少し教えていただけますか?
今世の中を見渡してみると大体が人間中心のデザインですよね。都市は人間が住むところだから当然といえば当然ですが、私は今後人間を自然環境の一部と捉えた上で光環境のデザインをしていきたいと考えています。
例えば「都会って明るすぎるよね?」と言う問いに対して、少ないエネルギーの中で街中を照らしていくのってどうだろう、とか。明るくするのではなく、敢えて暗くすることをデザインするんです。そうしたら「この街でも星空が見えるようになった」みたいなストーリーを描けるし素敵ですよね。
また多くの建築で使われている照明器具についても考えていきたいと思っています。まだ使えるにもかかわらず捨てられている照明器具について二次流通が可能なシステムを考えたり、照明器具自体の素材を考えたりして、照明メーカーさんや、同じ照明デザイナー同士でもコラボレーションして取り組めたらいいなと考えています。
あとは、建築業界だけではなく、光環境の専門性を活かして業界や領域を横断したコラボレーションができないかも挑戦したいことです。例えば、人がメタバースに長く滞在するようになれば当然その環境の見え方について意見が出てくるだろうし、そういった領域は私たちデザイナーの出番ですね。あとは宇宙空間についても同じことが言えるかもしれません。
壮大な取り組みを描いていて驚きました。
ただ、今の時点でも例えば「ショッピングモールの授乳室って明るすぎるのではないか」と思うのです。赤ちゃんは寝かされて天井を見続けているので、自分では言わないけれど絶対眩しいと思っていますよね?業界全体を変えていこうとかそういった野望は持っていなくて、ただ一人一人に向き合ってみたときにまだ私たちができることってあるよね、と考えていて。それを独立したことによって自由に企画して実行してみたいと思っています。
赤ちゃん視点まで考えられているとは参りました。では最後に、服部さんと同じような仕事や業界を目指す人たちに対してメッセージをお願いします。
照明は普段そこまで意識しない人が多いものですから、一度自分の今いる場所の照明や光がどこから入ってくるのか、明るいか暗いか、そして好きか嫌いか。について考えてみてはどうでしょうか?
なんとなく心地よいと感じる場があったら、そこは光環境があなたにとって良い場所。ちょっと照明に自分の注意を向けてみると、新たな発見がありますよ。星を見上げるような感覚で皆さんがいる場所の光を見てみてください。きっと気づきや発見があるはずです。
まだまだ伸び代の多い照明領域です。照明デザイナーは増えてきているようですが、私の時代は照明を教えている学校はなくて建築学科の一コマで、しかもそれは数字的な話が多くてデザインに関しては前述の会社に入ってから学んだくらいです。
このコラムでは語り尽くせないと思うので、もし興味を持った方がいたら私まで連絡してください(笑)。その時に話しましょう。
■まとめ
服部さんは、髪の毛が少し長くて髭を生やしたTheイケおじ、といった第一印象でした。(笑)話を聞いてみるとすごく物腰が柔らかく静かにゆっくりと話されるのですが、照明デザイン、もとい、光環境デザインに対して情熱を持った方でした。
シンガポールではたらくひとをテーマにしているこのコラムですが、服部さんはきっと今後の照明と光環境デザインの業界をリードしていく一人として注目される存在だと確信しました。私も同じシンガポールでクリエイターを応援するものとして、いつかともに仕事をしたいと願います。
Fellows Creative Staff Singapore Pte. Ltd.では、フリーランスのクリエイターがリモートワークでプロジェクトを受注できるようなサービスをはじめました。その名も「Fellows Creators」。例えば日本人がシンガポールの案件を、シンガポール人が日本の案件を、といった形でクロスボーダーに案件の受発注ができるようなサービスを目指しています。
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