雲をつかんだのは誰? Every Cloud @Bruce Castle

Vol.131
アーティスト
Miyuki Kasahara
笠原 みゆき

ブルースキャッスル博物館

北ロンドン、オーバーグラウンドのブルースグローブ駅を降りて大通りを北へ10分ほど歩いて行くと、やがて赤煉瓦作りの時計塔のついた城が見えてきます。現在の城は16世紀に建てられたものですが、ブルースキャッスルの歴史はなんと11世紀まで遡ることができます。今では城はハーリンゲイ区の運営する博物館になっています。今回はこちら、ブルースキャッスル博物館から、グループ展「Every Cloud」をお伝えします。


2階の美術ギャラリー

チューダー朝時代の城を体験する1階の展示を抜けて、2階へ上って行くと、その1部屋は美術ギャラリーになっています。


「Gazer, 2022」 Kerry Duggan

手前のガラスケースに展示されていたのはこちら、はがき大の雲の油彩。そういえばこどものころ夏休みの自由研究で雲のこと調べたなあとふと思い出します。今回の展示はハーリンゲイ区のこの城があるトッテナムで生涯を過ごした18世紀の化学者、Luke Howard(1772 – 1864)の誕生250周年を記念したもの。ハワードは薬剤師でしたが、アマチェア気象学者として、特に雲の研究で、国際的な雲の分類の基礎を作ったことで知られています。そんなハワードの偉業からインスピレーションを受け、ハーリンゲイ区に住む美術家がそれぞれ、作品を制作。こちらの油彩作品は、Kerry Dugganの「Gazer, 2022」。子供の頃から雲をじっと見つめ観察、記録をしてきたハワード。Dugganもまた刻々と変化する雲に魅了され、その様子を描いています。


逆時計回りで手前から(白)、(オレンジ)、(青)の彫刻作品は「The Modification ll、 lll、 IV 」Andrew Miller

これらも雲?「曇って軽くふわふわしているように見えるけど実はすごく重いもので、そんなどっしりしたものが常に頭上にある。しかもいつも背景にあって、まるで舞台装置のよう。」というAndrew Millerの立体作品「The Modification ll、lll、IV 」。タイトルはハワードが1803年に初めて雲の分類を提唱した論文『On the Modification of Clouds』(雲の変形に関する試論)より。これは現在でも広く使われる雲の分類法の基準になっているもので、基本としては、シーラス(巻雲)、キュムラス(積雲)、ストレイタス(層雲)、ニンバス(雨雲)の4つ。シーラスはラテン語で「髪の房」を意味し、繊維状の雲、絹雲(けんうん、きぬぐも)で、しらす雲とも。キュムラスは「小さく積み重なった塊」を意味し、上がモコモコしていて下が平たい、マンガなどでよく描かれるタイプの典型的な雲で、綿雲とも。ストレイタスは「層」を意味し、最も低い所に浮かび、灰色または白色で、層状あるいは霧状の雲で霧雲ともよばれます。ニンバスは、「雨」を意味し、雨を降らせる単数または複数の雲を指すそう。さてMillerの3つの雲はどの分類?


「Cumulus Luke, 2022」 Sian Naomi Dorman

頭上を見上げればふわふわと宙に浮かぶ白い雲?この雲はどの分類でしょう?Cumulus(キュムラス)とタイトルにあるように積雲を表現した様子。使い古したショピングバック、ミルクのカートン、梱包材として使われたスチロールなどすべてをアップサイクルして、制作したというSian Naomi Dorman。雲は雨となって地上に降り注ぎまた水蒸気となって雲になる無駄のないリサイクルの賜物。作品は「Cumulus Luke, 2022」


「Barometrographia,1847」 Luke Howard

ハワードの1847年に出版した「Barometrographia,1847」がこちら。縦65センチもある大きな本で、ハワードが自宅トッテナムで20年をかけてデータを集結したもの。気圧、天候、月の満ち欠けを記録したそれぞれの円グラフの内側には、さらに詳細な日ごとの一年分の気象情報がびっしり。「1823年1月15日、北東の風、雪およそ4インチの深さ、雁の大群が東に向かって飛行。」など気象データだけでなく自然界の様子も観察しています。そして何より目を引くのはその円グラフの美しさ。またハワードが観測に使用した自記気圧計は1766年にロンドンの時計職人Alexander Cummingが4台のみ制作したうちの一つで、現在ロンドン科学博物館で見ることができます。


「Intergraphia 01, 2022」Mary Yacoob

そんな「Barometrographia,1847」の円グラフを元にシアノタイプ(青写真)で表現したのがMary Yacoobの「Intergraphia 01, 2022」。光を反転させ、天の川ようにも見えるグラフは背景に星を描きまるで銀河のようです。


「The atmosphere is Critical, 2022」(一部分) Lisa-Marie Price

荒々しいニンバス(雨雲)?木版画のようですが、実は水彩画。自ら採取した素材のみを使って作品を描くという Lisa-Marie Price。この作品は北ロンドンで見つけたコンクリートの塊、スコットランドの浜辺で拾った石を砕き水彩の顔料として使っています。作品タイトルの「The atmosphere is Critical」はハワードの言葉でしょうか。ハワードは1818年から1833年にかけて、3巻に渡る「ロンドンの気候」という大気汚染の気象に及ぼす影響を調べた本を出版しています。ヒートアイランド現象と呼ばれる都市の人口や産業の密集による熱放射によって局地的な気象変化をもたらす現象を暴いていて、現代の地球温暖化へ繋がる警告をすでに鳴らしていました。

プロフィール
アーティスト
笠原 みゆき
2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。 Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。
ウェブサイト:http://www.miyukikasahara.com/

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