The Terminal 国境をこえるアーティスト
- London Art Trail Vol.17
- London Art Trail 笠原みゆき
“参加アーティストは受付でチェックインしてください。持ち込める荷物は1つのみで最大重量10kgまで。携帯電話などの通信機器、パスポート、財布は滞在期間中持ち歩くことはできませんのですべて受付に手渡してください。皆さんの制作は一般公開で、制作状況はライブ中継します。” こんな半ば監禁状態でアーティスト達が三日間にわたって制作を行なう、ライブアート・イベント、The Terminal をみてきました。
会場はタワーブリッジから歩いて5分程の元倉庫。三階に分かれていて、一階では、パスポートIDのような10名の参加作家の紹介が天井から吊るされているのが目に入ります。最上階に上がると、到着したばかりのアーティスト達がそれぞれ制作、パフォーマンスを始めていました。
まずこちらはペルーの作家、Lorena Lo Peña。チョークで床に描かれたペルーの地図のなかにペルー国歌の一部が表記されています。 “長い間虐けられてきたぺルー人。 奴隷のように残酷に捕らえられ、重い鎖を引きずり、長い間それに耐えてきた。 云々“というスペイン支配下の時代を歌う重い下りです。その上には網のように繋がれた鎖が置かれ、Immigrant(移民)と背中に書かれたオレンジ色の作業服を来た彼女はその後服を脱ぎ捨て、直にその鎖を体にまとい始めます。
真っ赤なスーツケースにドレスと帽子の旅支度で大の字になっているのはアイルランド人の作家、Helena Walsh。ふくらみのある彼女のお腹は妊婦のよう。スーツケースの中を覗くとアイルランドの女性達の妊娠中絶に関する最近のニュースがびっしり貼付けられています。 妊娠中絶はアイルランドにおいて法律的には可能なのですが、宗教上の理由から反対が根強く、 妊娠中絶を希望する女性は国外に出て手術を受けなければならない状況にあるということ、この10月に中絶手術可能な私立病院が初めて北アイルランドにオープンするものの、猛烈な反対にあっているなどいった記事。
ペルシャ語とジェスチャーでしきりに色々説明しているのはイラン人(英国籍)の作家 Sara Zaltash。話しかけられた来場者は何を言っているのかわからないよと困りながらも熱心に彼女の説明に耳を傾けていました。
The Terminalにはこのライブアートのみならず、トークイベントも沢山盛り込まれていて、早速この後、Artsadmin (美術開発支援団体)代表のManick Govindaのトークに参加しました。
主題は、Denied Entry: Artists & Academics Barred from The UK(入国拒否:英国から閉め出されたアーティストや学者達) 。 英国では就労ビザのシステムが2008年から大きく転換。同年11月には国外からアーティストや研究者を呼ぶ際も、主催者側が申請のためのライセンスを取得した上で、大金を払って身元保証書を入国管理局に申請してビザをとらなければならないというシステムに変わってしまい、それまで自由に海外のアーティストによるパフォーマンスやワークショップ、講演などを通して国際文化交流をはかっていた美術団体がアーティストを呼べなくなる、アーティストが空港で入国拒否受けるといった支障が一気に出てきたといいます。
特にわずかな報酬をアーティストに支払うのがやっとである小さな美術団体はライセンスを取る基準を満たすことができない、身元保証書を申請する予算がないなどの理由で、真っ先に打撃を受けたそうです。これに対しGovindaが運営陣の一人でもある The Manifesto Club や The National Campaign for the Arts などの美術支援団体が内外のアーティストを巻き込み、キャンペーン、著名活動を粘り強く行なった結果、昨年4月ようやく煩わしい身元保証書を申請しなくとも、アーティストが報酬を受け取り英国に最大一ヶ月間滞在できるビザ* が国から導入されたといったいきさつを語ってくれました。 *Visitor undertaking a permitted paid engagement visa
実は私自身もこのビザシステム変更の影響を受けていて、2007年にアーティストビザで渡英したもの、一年後にはこのビザは廃止になると公表されました 。但し特別処置として、2ヶ月以内に必要書類をそろえ申請すれば延長可能ということだったので、なんとか延長し、その後永住権に切り替えられたのですが、もしあの時機会を逃してしまっていたら、今英国にいることはなかっただろうと思います。
最後にこちらは2011年にグラスゴー近くの小さな町のフェステバルでの公演、ワークショップのため来英したアルゼンチンダンサーのペア、 Ismael LudmanとMaria Mondinoが空港で入国拒否をされ、空港のターミナルでタンゴを踊り、自ら撮影した美しい映像 "Beyond the UK border" をどうぞ。
Profile of 笠原みゆき(アーチスト)
2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。
Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。
ウェブサイト:www.miyukikasahara.com