馬鹿げた死に方

番長プロデューサーの世直しコラムVol.84
番長プロデューサーの世直しコラム 櫻木光

2013年、今年のカンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル(カンヌ広告祭)のフィルム部門のグランプリ作品の一本は「Dumb Ways to Die」という作品でした。「馬鹿げた死に方」というタイトル。 オーストラリアの鉄道会社Metro Trainsが作らせた動画で、ゆるーいキャラクターがゆるーい音楽にのって馬鹿な事をしてぽこぽこ死んで行く。というアニメ動画。

キャラクターが死んじゃう行為には 「髪の毛に火をつける」 「ハイイログマ(グリズリー)をつついてみる」 「ネットで自分の腎臓を2つとも売り払う」 「殺人鬼を家にお招きする」 「かくれんぼで乾燥機の中に隠れる」 「用もないのにスズメバチの巣で遊んでみる」 「接着剤を食べてみる」

みたいなことがあって、かわいい映像でいたたまれなくなる。 なんじゃこりゃあ。と思いながら見ていると最後に駅や線路周りの死に方になっていき、最後に「電車の近くでは安全にはご注意下さい」というメッセージが入る。という作り。 YouTubeで公開されて1週間で再生回数1億4000万回を突破した動画として有名になって世界中を騒がせたそうです。

よくできてるんですこれが。ばかだねーと。そんな訳ねえだろう!と。

先月のコラムにも書きましたが、先月の末に、10日間くらい、フランスのアルベールビルという、冬季オリンピックの開催されたような雪山にロケに行きました。 着いてみて驚いたんですが、日中の気温が-5度、夜中は-20度近くまで下がる極寒の地でした。

snow

大きな木造の建物のロッジの様なホテルに宿泊していたのですが、外の気温とは違い、ホテルの部屋は蒸し風呂の様な暑さに設定されていました。 なんか、極端なんだよな。

飛行機で12時間かけてパリに行き、TGVで3時間スイスの方に向い、最寄りの駅から車に乗り換えて、更に山道を3時間登ってたどり着いた場所。くたくたに疲れているのに時差と部屋の暑さでイライラして、一向に眠れませんでした。

明日、早くからロケハンに出るのに、こんなに眠れないと辛いなぁと思いながら、ベッドからむくっと起きだしてタバコを吸いに外に出る事にしました。夜中の2時くらい。 寝ていた格好、グレーのスエット上下に裸足ではいた旅行用のサンダル。部屋は当然禁煙なので、2階の部屋からホテルの入り口の外にある喫煙所へ。エントランスの大きい自動ドアが二カ所、ガガガガガガと大きい音を立てて開くと、外はものすごい寒さでした。

あら、寒い。照明に照らされた空間は、キラキラした空気中の水分の氷、ダイヤモンドダストが舞っているような幻想的な世界。見渡す限り真っ白です。そこを真っ白な、立派なしっぽの狐が駆け抜けて行く。 たった一本のタバコを吸うだけで手が震えてきました。うひゃー、さみー。 こんなところに一時間立ってたら死んじゃうなあ。と思いながら、ホテルの中に戻ろうとしたら、エントランスの自動ドアが開きません。

「やべえ、閉め出されちゃったな」 エントランスには、暗証番号を入力するキーのボックスと、インターホンのボックスがありました。まず、部屋番号をキー入力してみる。無反応。電源の入っている気配すらありません。ぬぬぬ、ならばインターホンで呼んでみよう。プープー。プープー。あっ鳴った。プープー。‥‥‥無反応。 うわー、どうしよう。困ったなあ。と思っていたら、右足に激痛が走りました。うおっ、なんだ?見たら右足の親指があり得ない角度にまがったまま猛烈につっていました。あいたたたたた。勘弁してよ。プープー。無反応。プププププー。無反応。あーっとなって今度は左足の親指が真上に向いている。

これはマジでヤバい。誰も出てこないなら仕方ない。ガラスを叩き割って騒ぎを起こすしか無いだろう。そう思って石を探しましたが、全て雪に覆われていて見つける事ができない。−7度の世界。オレンジ色のライトで空気がキラキラしている。

やっとの思いで雪の中から小さい除雪車を発見し、ねじを外してハンドルの部分の棒を引き抜きました。これで叩き割ってやる。違和感を感じたので手の力を抜いてみたが、手が開かない。あまりに冷たい鉄の棒を握ったおかげで、手が一瞬で凍って張り付いている。あーもう最悪。ショウガねえ。このままの手で派手にこのガラスをぶち破ってやろう。

呼吸が荒くなっているのがわかります。空気がきれいなので吐く息が白くならないんだな。口の周りは白くなってきたけど。俺は凍り始めてるんだなあ。耳にも激痛。いって~え。顔の表面もちりちり痛い。目も痛い。

エントランスに行き、ガラスを叩き割る覚悟をして、でももう一回プープーしてみるか。と思ってインターフォンを押してみました。プープー。「ウイ」返答あり。一瞬どうしたらいいか解らず沈黙。「ウイ、じゃねえよ、開けろ!」「パルドン?」「パルドンじゃねえよ!開けろ、死ぬだろう!」日本語で力の限り叫んでいました。迫力負けしたのか、エントランスが開く。ガガガガガガが。 おー、助かった。お騒がせしましたすみません。

時間にしてほんの15分か20分の戦いではありましたが、ホンキで死ぬかと思いました。 そのとき頭の中を巡っていたのが、冒頭に書いた「Dumb Ways to Die」の歌と映像だったのは言うまでもありません。「タバコを吸いに外に出て凍死する」というシークエンスを追加しなきゃなあ。あのまんまやなあ。と。

手に張り付いた鉄の棒は時間をかけてゆっくり解凍して無事にはずれました。 ガタガタ震えが収まりませんが、風呂にお湯をためて入る。温度差で身体中の皮膚に激痛。ギャー!

次の朝、コーディネーターにその話したら、「危なかったですねえ、毎年何人かそうやって亡くなるんですよ」とな。

タバコを吸いに行っただけなんですけどね。ばかばかしいですな。 みなさんも年末年始、お気をつけ下さい。よいお年を。

Profile of 櫻木光 (CMプロデューサー)

プロデューサーと言ってもいろんなタイプがいると思いますが、矢面に立つのは当たり前と仕事をしていたら、ついたあだ名が「番長」でした。


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