月の都ではない月の共和国へ!
- London Art Trail Vol.19
- London Art Trail 笠原みゆき
アーティストたちがもし月に共和国を建てたら? “Republic of the Moon”(月の共和国)と名付けられた展示が現在ロンドンのBargehouseで開かれています。建物はテムズ川沿いのBlackfriars駅からすぐのOXOタワーの裏にある19世紀後半の倉庫を利用した5階建ての多目的催事場で、その昔ヘンリー8世の艀(Barge)置き場であったことからBargehouseと呼ばれています。
SHEという文字を実際に月に投影してその満ち欠けを記録したい!そんな野心的なプロジェクト、“Moonmeme 1992 – present”を抱き続ける英国を拠点とするアメリカ人作家Liliane Lijn。月の満ち欠けによってHE(男性)からSHE(女性)が浮かび上がり、SHEの中にHEが存在するということを暴いていきます。
どうみてもショッピングカートを改造しただけのように見える6つのタイヤをもつ月面車に電飾スローガンと黒板は、WE COLONISED THE MOONのインスタレーション。2008年、ところは北ノルウェーの人里離れたツンドラ。そこで偶然出会ったHagen Betzwieser(ドイツ人)とSue Corke(英国人)の二人が、その月面のように荒涼とした風景に立ち、月を植民地化したぞ!(We Colonised The Moon!)と錯覚したことから生まれたデュオ。彼らは展示期間中レジデンス•アーチィストとして、政治、哲学の視点を交えながら、いかに経済的かつ現実的な方法で月を植民地化するかというトーク、 ディスカッションを展開するのだとか。
まるでおとぎ話の中の主人公ようにどこにでも三日月を連れて行くのはロシア人作家のLeonid Tishkov。そこは雪深い森の中や山小屋であったり、マンションの一室や高層ビルの屋上であったり。月と一緒にボートで川に漕ぎいでる映像もまた幻想的で美しい世界を作り出しています。 写真や映像で記録した “Private Moon 2003 – present”という作品。
さて、部屋に入るとまず目に入るのは実在の宇宙飛行士たちの名を受けた11羽のガチョウの写真にその抜け殻。 中央にはガチョウの飼育、訓練映像。その隣には 現在ガチョウ達が訓練、飼育されている月面のような部屋の模型。更にその奥にはガチョウの飼育室の状況がライブ中継されているコントロール・ルームと何やら大掛かり。これらのインスタレーション作品と映像はドイツ人作家Agnes Meyer-Brandisの“The Moon Goose Analogue: Lunar Migration Bird Facility 2011 – present”。
イングランド国教会の司教であったFrancis Godwinによって書かれた SF小説、“The Man in the Moone 1638”(月の男)から発想を得た作品で、物語の中で主人公は野生の白鳥によって月に到達しますが Meyer-Brandisはガチョウを宇宙飛行士ならぬMoon Gooseとして卵の段階から宇宙や月に親しむ訓練を施しながら飼育することで月を目指します。映像の中であの手この手で宇宙科学のレクチャーを行なうMeyer-Brandisに対して勝手気ままなガチョウ達の姿には思わず笑みがこぼれますが、一方で私の宇宙科学の理解度なんてあのガチョウ達とさほど変わらないかもしれない・・・とも。
この展示は主にアートと科学をテーマにしたプロジェクトを支援する、英国の美術団体The art catalystの企画です。昨年末に中国が打ち上げた無人探査機が月に着陸したことで再び脚光を浴びた月の領土問題。アーチィストたちに植民地化されるということはこの先もまずありえないでしょうが、月が私たちにとってまだなお身近で神秘的な衛星であることは間違いなさそうです。
Profile of 笠原みゆき(アーチスト)
2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。
Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。
ウェブサイト:www.miyukikasahara.com