イングランドの魔法がウィリアム・モリスに!?
- London Art Trail Vol.20
- London Art Trail 笠原みゆき
英国の2500をこえる美術館の中からミュージーアム・オブ・ザ・イヤー2013に輝いたのは? 答えは北東ロンドン、WalthamstowにあるにあるWilliam Morris Gallery。ヴィクトリア朝を代表するアーティスト、詩人、デザイナーのウィリアム・モリス (1834ー1896)が少年時代を過ごした邸宅を改造した美術館です。 さて、その気になる賞金と賞品はというと? 10万ポンドの賞金に加え、Jeremy Dellerの2013年のヴェネツィアン・ビエンナーレ英国館の展示を国内で最初に開催する権利を与えられるというもの。常設のモリスの展示に加えたその現在開催中の“English Magic“(イングランドの魔法)を早速みてきました。
昨年改装オープンした美術館は数年前に比べすっかり明るい雰囲気に。 まず新しく増設された展示室に入るとそこはまるでロンドン大火(1666)を彷彿させるような火の海! GVAの43%を金融業が占める(2009年現在)というイギリス王室属領ジャージーの首都、セント・ヘリアで、租税回避地であるということと、その閉鎖的な銀行経営に怒りを爆発させた民衆のデモ隊が警官隊と衝突し、それが暴動に発展し誤って街を焼くことになるという一場面を描いたもの。(2017年という近い未来の設定) 事件はオリンピックの僅か一年前2011年8月にロンドン北部トッテナムで、マーク・ダガンが警察官に射殺されたことに対する追悼・抗議デモから全国規模の暴動に発達したイギリス暴動を思い起こさせます。私の家の前でもバスに火炎瓶が投げ込まれ、部屋の明かりを消し、窓を閉じ、 黙々と広がる煙と炎を息を殺して見守っていた時のことがよみがえってきます。この作品の巧妙なのはその絵の真ん中にのんびりとカフェでアフタヌーンティーを楽しんでいるこの国の人たちを作品の一部として取り込んでいること。この状況をまさに“対岸の火事”と受け止める様子は現実に事が勃発したとしても変わらないのではないのかと。
向かいの壁にはなんとヴェネツィアの潟から出没した神話の中の巨人のようなウィリアム・モリスが豪華クルーザーを放り投げようとする姿が!ソ連解体の混乱を利用して巨額の富を得た、ロシアの大富豪ロマン・アブラノビッチの115メートル程もある豪華クルーザーが、2011年のヴェネツィアン・ビエンナーレの際、街の最も眺めの美しいといわれる場所に許可なしに停泊し、景観を害していたことに抗議したと思われる作品。モリスはアーチィストとして知られる一方、社会主義運動家の先駆者としても知られています。また、景観を重視し、歴史的な建造物を保存しながら地域の教育や文化に役立てるという運動を起こして1877年には、The Society for the Protection of Ancient Buildings (SPAB)を設立しています。
今度は階段を上って行ってみます。そこには、デラーが囚人達に描いてもらったという鉛筆画が幾つも並んでいて、“David Kelly”と書かれた肖像画に思わず立ちすくみます。この顔と名前にピンと来る人!!ケリーはイラクで国連査察官として活動していた、生物化学兵器の専門家。 英国政府がイラクを侵略するために用いた、“大量破壊兵器”が、ねつ造であったことについてBBCに内部告発して怪死した人物。驚くのはこの鉛筆画を描いたのがイラク、アフガニスタン戦争に出兵した元兵士なのだとか。この“Mark”とだけ書かれた元兵士が何故囚人となり一体どのような思いでケリーを描いたのかは想像しがたいですが、絵の中のケリーは穏やかな目をしていました。
産業革命による大量生産製品に反対し、 手作業の喜びと手仕事の美しさを取り戻そう、アートを身近な暮らしの中にと、アーツ・アンド・クラフト運動を主導し、実業家としても成功したモリスも、結局は自分の生み出したアートが一部の富裕層にしか手に届かないものであることに気づき、愕然としたといいます。 晩年は、階級差別を堂々と批判し、平等社会を求め、キャンペーン運動、街頭レクチャーを積極的に行ない続けたそうです。
デラーはインスタレーションや、映像作品などを様々な方法で様々な人とコラボレーションしながら作品を作り上げて行きます。その手法は自身が絵筆をとったりカメラを構えたりすることはなく、曲を提供する作曲家のようであり、曲を奏でる人にある程度任せて楽しんでいる感があります。デラーの作品は政治をテーマにした作品が多いといわれますが、本人はポリティカル・アーチィストと呼ばれることを否定しています。
“自分は活動家じゃないし、何かに参加するのとかデモに行くのとかも討論会で発言するのとかも得意じゃない。他のことが得意なんだと思う。結構挑発するのが好きで、 物事をちょっと違った角度から発言できる挑発的なアートが結構好きなんだよね。” (Art Reviewのインタビューより)
Profile of 笠原みゆき(アーチスト)
2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。
Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。
ウェブサイト:www.miyukikasahara.com