大衆のための映画とは何か、映画を見て勉強を重ねた日々。そして、ついに一般映画を撮るチャンスが到来した。
振り返ってみれば、70年代は無職同然の20代のボクには、懐にお金はなかったけれど、「映画という虚構」がいつも身の回りにあってくれて、映画を見るというより、映画を食いながら生きたそんな時代だった。社会の窮屈さや空しさを感じる暇もなく、ボクはひたすら洋画や邦画を見まくり、誰から罵倒されようと自分の作りたい映画を発想して作って、その日その日を生きていた。
今の若者には羨ましく思われるだろうが、ボクは、映画を見ることが生きる事より優先事項だった。昼飯や夕飯も忘れて過ごすこともざらだったし、夜遅くに空腹に気づいて誰かの家に押しかけて食べさせてもらうこともよくあった。深夜オールナイトの映画館は何よりの至福で、映画を見たり撮ったりするそのついでに、ボクは生きていたように思う。
78年に見た作品を思い出す。『未知との遭遇』はボクには理解不能。宇宙人は友好的で愛に溢れてるその予定調和がつまらなかった。二度と見ていない。邦画の『最も危険な遊戯』。松田優作がただマッチョで拳銃ごっこも鼻についた。『宇宙からのメッセージ』は昔のTVドラマ「コンバット!」のサンダース軍曹役のビック・モローが出たので観たが、幻滅した。深作監督には宇宙モノは無理だった。『ローリング・サンダー』は戦争後遺症のベトナム帰還兵の復讐アクション。最高に切なく面白く今までに10回は見てるが飽きない。ロックバンドのザ・バンドのコンサート記録映画『ラスト・ワルツ』も最高。ドラマ以上にドラマがあった。『ピンク・パンサー4』も最高の支離滅裂。何度も大笑いした。日本では誰も作れないコメディ。急死した名優ピーター・セラーズのシリーズ最後の作品となった。でも、こんなものを気晴らしに観ても、ピンク映画の現場には何の参考にもならなかったが。
79年の秋口だったか、東京の池袋の文芸坐地下劇場で、ボクの『性春の悶々』(75年)と『肉色の海』(78年)と『暴行魔真珠責め』(79年)のピンク映画3本立ての特集上映で舞台挨拶に行った折、そこの万年映画青年のような支配人から、配給会社アート・シアターギルド(ATG)の佐々木社長を紹介されたのが、『ガキ帝国』(81年)という映画の始まりだ。新社長になったばかりの佐々木さんは新生ATGで若い監督に若い映画を撮らせようと、若い才能を探していたのだ。文芸座の事務所で「今夜はお会いできて光栄です」と挨拶すると、佐々木さんは「イヅツ君は、何か撮ってみたい企画はあるかな?」と単刀直入に訊いてきた。
ボクはすかさず答えていた。「はい、それは大阪の繁華街を舞台に、不良少年たちがストリートファイトに明け暮れた60年代の話なんです、シナリオのようなものがあるにはあるので、読んでほしいです。タイトルは『ガキの愉しみ』としてます」と。「実は、東映京都撮影所のプロデューサーに『朴さんや金さんが出てくるようなそんなややこしいものは娯楽映画にはならないな』と言われたんです」と、腹に溜まっていたことを全部、佐々木さんに吐き出していた。「じゃ、それも読ませてもらうから送ってくれるかな。感想はまた次に会った時に」と佐々木社長は明言して去って行った。ボクは、あの人はきっとプロデュースしてくれるに違いないとその時、直感したのだ。
その夜、東京の何処で飲んでどこで泊ったのか、何も覚えていない。企画が動き出しそうな画期的な出逢いのはずだったのに、まったく記憶にない。
何か月か後、佐々木さんは元稿の感想を聞かせてくれた。「これは、長い長いあらすじのようだし、どう話を構成するかはこれから考えていこうよ」と。これはチャンスだ。これでピンク映画の呪縛から解き放たれる、セックス場面のない普通の映画を初めて作れるんだ、そう思うと涙が出るほど嬉しかった。「今度、また上京した時は有楽町のATG本社に寄ってよ」とも言われた。ボクはもう映画を作ったような気になっていた。何度か有楽町に出向くうちに、佐々木社長に「大阪が舞台だから、吉本の漫才コンビで今売り出し中の紳助・竜介なんか主役に考えられないかな。うちの製作予算は1千万円だし、アイドル俳優は簡単には出ないし、彼らみたいな奇抜なキャストでやってみたら何かできるかなって思ってるんだが」と提案された。えーっ!漫才コンビの映画?「てなもんや三度笠」じゃあるまいしとは思ったが、吉本とはテレビドラマの脚本仕事を以前にやっていたし、その二人なら映画らしきモノにはぎりぎりセーフかと思い直して、「大阪に帰って話してみます」と答えた。そして、社長から「大阪でどこか製作費の半分を出してくれそうな提携会社は見つけられるかな?」とも言われた。
その後、提携してくれる出版社が見つかり、ピンクを一緒に作ってきた相棒の脚本家と新しいシナリオを仕上げるまでに何か月もかかった。『ガキ帝国』というタイトルは、その相棒が発案してくれた。巷では『スターウォーズ/帝国の逆襲』(80年)の公開が迫っていた頃だ。そんな銀河帝国なんか知ったことか。こっちはお伽話とは訳が違うんや!とミナミの行きつけの呑み屋で息巻きながら、初めての一般映画の準備を始めた。少年キャストの公募を新聞告知したら千通以上の手紙が届いて吃驚した。二十歳前後の若者は、映画という「祭り」に飢えていた。よっし、活きのいい孤独な顔を選んでやろうと思った。
(続く)
≪登場した作品詳細≫
『未知との遭遇』(78年)
監督:スティーブン・スピルバーグ
製作:ジュリア・フィリップス、マイケル・フィリップス
脚本:スティーブン・スピルバーグ
出演:リチャード・ドレイファス、テリー・ガー、メリンダ・ディロン、フランソワ・トリュフォー 他『最も危険な遊戯』(78年)
監督:村川透
脚本:永原秀一
企画:黒澤満、伊地智啓
出演:松田優作、田坂圭子、荒木一郎、内田朝雄 他『宇宙からのメッセージ MESSAGE from SPACE』(78年)
監督:深作欣二
特撮監督:矢島信男
脚本:松田寛夫
出演:ビック・モロー、フィリップ・カズノフ、ペギー・リー・ブレナン、真田広之 他『ローリング・サンダー』(78年)
監督:ジョン・フリン
脚本:ポール・シュレイダー、ヘイウッド・グールド
原作:ポール・シュレイダー
出演:ウィリアム・ディベイン、トミー・リー・ジョーンズ、リンダ・ヘインズ、ライザ・リチャーズ 他『ラスト・ワルツ』(78年)
監督:マーティン・スコセッシ
製作:ロビー・ロバートソン
製作総指揮:ジョナサン・タプリン
出演:リック・ダンコ、レボン・ヘルム、ガース・ハドソン、リチャード・マニュエル 他『ピンク・パンサー4』(78年)
監督:ブレイク・エドワーズ
脚本:フランク・ウォルドマン、ロン・クラーク、ブレイク・エドワーズ
原案:ブレイク・エドワーズ
出演:ピーター・セラーズ、ハーバート・ロム、ダイアン・キャノン、ロバート・ウェッバー 他『行く行くマイトガイ 性春の悶々』(75年)
監督:井筒和幸
脚本:井筒和幸、松岡一利
原案:上田賢一郎
出演:三上寛、絵沢萠子、茜ゆう子、橘ルミ子 他『ガキ帝国』(81年)
監督:井筒和幸
脚本:西岡琢也
原案:井筒和幸
出演:島田紳助、松本竜介、趙方豪、升毅 他『スターウォーズ/帝国の逆襲』(80年)
監督:アービン・カーシュナー
製作:ゲイリー・カーツ
製作総指揮:ジョージ・ルーカス
出演:マーク・ハミル、ハリソン・フォード、キャリー・フィッシャー、ビリー・ディー・ウィリアムズ 他
出典:映画.comより引用
※()内は日本での映画公開年。
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●鳥越アズーリFM「井筒和幸の無頼日記」(毎週日曜13:00〜13:50 生放送中)
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●映画『無頼』
※欲望の昭和を生きたヤクザたちを描く『無頼』はNetflixでも配信中。
■出身地 奈良県
奈良県立奈良高等学校在学中から映画製作を開始。 在学中に8mm映画「オレたちに明日はない」、 卒業後に16mm「戦争を知らんガキ」を製作。
1975年、高校時代の仲間と映画制作グループ「新映倶楽部」を設立。
1975年、150万円をかき集めて、35mmのピンク映画「行く行くマイトガイ・性春の悶々」(井筒和生 名義/後に、1977年「ゆけゆけマイトガイ 性春の悶々」に改題、ミリオン公開)にて監督デビュー。
上京後、数多くの作品を監督するなか、1981年「ガキ帝国」で日本映画監督協会新人奨励賞を受賞。以降「みゆき」(83年)、「晴れ、ときどき殺人」(84年)、「二代目はクリスチャン」(85年)、「犬死にせしもの」(86年)、「宇宙の法則」(90年)、『突然炎のごとく』(94年)、「岸和田少年愚連隊」(96年/ブルーリボン優秀作品賞を受賞)、「のど自慢」(98年)、「ビッグ・ショー!ハワイに唄えば」(99年)、「ゲロッパ!」(03年)などを監督。
「パッチギ!」(04年)では、05年度ブルーリボン優秀作品賞他、多数の映画賞を総なめ獲得し、その続編「パッチギ!LOVE&PEACE」(07年)も発表。
その後も「TO THE FUTURE」(08年)、「ヒーローショー」(10年)、「黄金を抱いて翔べ」(12年)、「無頼」(20年)など、様々な社会派エンターテインメント作品を作り続けている。
その他、鋭い批評精神と、その独特な筆致で様々な分野に寄稿するコラムニストでもあり、テレビ、ラジオのコメンテーターとしても活躍している
■YouTube「井筒和幸の監督チャンネル」
https://www.youtube.com/channel/UCSOWthXebCX_JDC2vXXmOHw
■井筒和幸監督OFFICIAL WEB SITE
https://www.izutsupro.co.jp