森の中から聞こえてきたのは? @Flowers

Vol.139
アーティスト
Miyuki Kasahara
笠原 みゆき

Aesculapius, 2023  Tim Lewis

クリスマス明けはまだ多くの人が冬の休暇で里帰りをしているため、観光客で溢れる観光名所やショッピング街を除けば、年末のロンドンはとても静か。そこで、中央ロンドンのギャラリー街、コークストリートへ向かいます。ギャラリーのショウウインドウを覗くとそこは森の中。しゅるしゅると滑らかに動いているのは真っ赤な蛇!?中に入ってみましょう。今回は、Flowers ギャラリーより、Tim Lewis の個展「The Forest Visits」 をお伝えします。


Flowers ギャラリー

「ボロローン、ボロン。」ギターの音が聞こえてきます。奥には木の根のようなものがぶらさがり、何か蠢いている様子?


Glade, 2023 Tim Lewis

「もしも、ギターになった雌鹿が自身を奏で始めたら?!」音を奏でていたのは若い雌鹿。早速上の画像をクリックして演奏を聞いてみましょう。実は足踏みペダルが接続されていて、ペダルを踏むと鹿が演奏を始めます。Lewisは主に廃材を使ってキネティック・アートを作り出していますが、こちらは捨てられていたギターを再利用しています。ヨーロッパノロジカは小型のヨーロッパ在来種ですが、乱獲により英国では北スコットランドを除いて18世紀にほぼ絶滅。しかしその後の狩猟の規制、再導入により、その数は劇的に回復。一方で捕食者不在の偏った増加は森林破壊などの新たな問題を生み出しています。


Die Hacke, 2022 Tim Lewis

画像をクリックしてキツネザルの動きを観察しましょう。猿でも、狐でも、アライグマでも、猫でもない、ご存知キツネザルはマダカスカル島のみに生息する霊長類の固有種。森林破壊による生息環境の喪失と後を立たない密猟のために、多くのキツネザルが絶滅の危機にさらされていて、IUCN (国際自然保護連合)によれば、この先20年以内に現在残っている100種のほとんど(98%)が絶滅すると報告されています。


Sea Floor, 2022 Tim Lewis

プラスチックの牛乳パックで作られた魚。しなやかに泳ぐ様子は画像をクリックしてみて。プラスチックゴミの海洋生態系への影響が叫ばれて久しくなりますが、国連の2017年のレポートによれば、食卓に上る一般的な魚の半数以上が内臓内にプラスチック粒子を蓄積しているとのこと。もちろんそれは捕食者の私たちの体内にも蓄積されていくわけです。「Sea Floor」というタイトルですが、深海へ行くほど、魚のプラスチック汚染度も増しているそう。


Flowers ギャラリー

対面の壁では手に触れて動かせる作品がずらり!


Cut away, 2023 Tim Lewis

古いハサミをチョキチョキ動かしてみましょう。画像をクリックしてみると、蝶が羽ばたきます!最近、春に見かける蝶、減ったような?というのは気のせいではないよう。世界中で激減が報告されている蝶類。英国ではここ50年間でその8割が失われたというButterfly Conservation のレポート(2022)もあります。


Distressed Mechanism, 2023 Tim Lewis

羽ばたく小鳥。こちらも画像をクリックしてみて。鳥類もまた各地で激減していて、バードライフ・インターナショナルが4年ごとに発行するレポートの2022年版、State of the World’s Birds 2022では、8種に1種の鳥類が現在絶滅の危機にあると警鐘を鳴らしています。「(絶滅した)あの鳥は昔こんな風に空を羽ばたいていたんだよ」なんて、将来機械仕掛けの鳥を子どもたちに見せることにならないといいのですが。


The Forest Visits, 2023 Tim Lewis

「チーン、チーン。」仏壇にあるりん(鈴)のような澄んだ音が聞こえて来ます。振り返るとそこには坊主ではなく、トライアングルを鳴らすハリモグラの姿。画像をクリックしてその様子をみてみましょう。ハリネズミのようなトゲ、鳥のような嘴、鳥類や爬虫類のように卵を産む、オーストラリア、タスマニア、ニューギニア固有種のハリモグラ。同じく生きた化石、卵生哺乳類として知られるカモノハシのいとこにあたります。現在する4種のうち2種は絶滅危惧種で、どの種も減っています。でもこの木の根のようなハリモグラの身体、どこかでみたような? 実はこれ、廃棄クリスマスツリーでできているんです。この時期、用無しになったクリスマスツリーが、路上に捨てられているのをよく見かけます。森を育む樹木がまるで要らなくなったおもちゃのように捨てられていたのに心を砕き、拾ったLewisが作り上げたのがこの作品「The Forest Visits」。仏教では邪気を払い、空気を浄化するという仏具のりん。静かにトライアングルを鳴らすハリモグラの姿が、森をかえせと訴えているように見えてきます。精巧で繊細に作られたLewisの作品には強い環境メッセージが込められていました。

冷たい雨の降る中、外に出るとそこにはゴミと共に捨てられたクリスマスツリーが。「チーン。モリヲカエセ。」そんな声が背後から聞こえて来たような気がしました。

プロフィール
アーティスト
笠原 みゆき
2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。 Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。
ウェブサイト:http://www.miyukikasahara.com/

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