食べ物を口で感じる前に? Gasworks
- London Art Trail Vol.22
- London Art Trail 笠原みゆき
地下鉄Oval駅を出て、1845年に建てられたクリケット競技場、The Ovalの赤煉瓦の塀に沿って歩いて行くと、その先にそびえ立つガス工場が見えてきます。その隣が非営利美術団体Gasworksの建物。 Gasworksは、20年前の創立時から国内外の作家の交流を積極的に行なっていて、ギャラリーを伴設する11棟のスタジオを持ち、そのうち7棟はロンドンを拠点とする作家用、残りの4棟は国外の作家受け入れのためのアーチスト・イン・レジデンス・プログラムに解放しています。
ギャラリーの中に入るとまず目に飛び込んできたのがなんとペプシの哺乳瓶! アーチィストの捏造品?と思いきや、なんとマンチカンという会社が実際にベビー用品として1995年からアメリカで販売していたものだというから驚き。壁の展示資料によると、二年後には販売終了しているので売り上げは芳しくなかったようですが、この哺乳瓶で育った子供がいるというのも事実。
次は1927創業ベビーフードの老舗ガーバーの製品。 妻と娘を想いガーバー氏が始めた小さな会社も1945年にはアメリカのベビーフード業界の78%を占めるようになりますが、売り上げが停滞した1974年には大人向け商品!(右の写真)を売り出します。 これはさすがにヒットしなかったようですが、これを機にベビーフードをより大人の味に近いものへと変えてゆき、1995年には塩、スターチ、砂糖を増量したそう。その後2007年には世界最大の食品企業、スイスのネスレに買収されます。
こちらはTextured Soy Protein (TSP)、通称 “大豆肉”を初めて開発したJ.H. Filbert社の“PLUSmeat”。 1974年に販売をはじめたものの売れ行きが乏しく翌年には店頭の棚から消えたそう。 そこで親会社の農業関連企業Central Soyaはその後TSPのターゲットを囚人、兵士、学徒、入院患者、家畜にしぼって販売をのばしていったとか。1995年には遺伝子組み換え大豆がアメリカで紹介され、2012年には受刑者に対して僅か1,71ドルで3食を提供する事ができるようになったといいます。これに対して、同年にTSPの過剰摂取で健康を害したと、入所中の男性がイリノイ州を訴えたそうです。
これらの写真、文章、オブジェを含んだリサーチは、アメリカ人アーティストMaryam Jafriのインスタレーション作品“Product Recall: An Index of Innovation (2014)”。 加工食品業界の失敗例から業界の陰の歴史をあぶり出しています。
次の部屋で上演されていたのは、そんなリサーチをもとにJafriが制作した映像作品 ”Mouthfeel (2014)“。 前記のネスレとアメリカのモンサント(遺伝子組み換え作物の種の世界シェア90%のバイオ科学メーカー)を組み合わせたような多国籍食品関連企業で働く夫婦の話。舞台は近未来。妻は先端科学技術者(Jafri自身が演じている)、夫は企業経営幹部。二人の乗った会社のリムジンがどこかは特定できない国際都市のセキュリティ・チェックポイントで足止めを食らっています。
そこで妻が会社の新製品についてデータを見つめながら、副作用が出る恐れがあるのでは?と切り出します。 夫は初めから事実を隠蔽することに疑念がありません。 車という密室の中で進む二人の議論・・・。 時おり、テレビドラマを観ているかのようにCMが入ります。CMは色々な国のもので、アラビア語であったり、東ヨーロッパのどこかの国の言葉であったりで、国が特定できません。またCMによってはなんのCMなのか最後まで分からなかったりします。南アメリカのどこかだろうかと思われるコカコーラのCMなどは想像力豊かで美しいのですが、商品を売るためにこういったイメージCMをつくってしまう側の罪も感じられずにはいられません。
今回のJafriの作品はGasworksが、ドイツ人社会学者Norbet Eliasの本 “The Civilising Process (1939)”(文明化の過程)をもとに、昨年10月から今年の11月までの1年間、様々なアーチィストに委託し、この本を通して浮かび上がってくる現代の課題に対峙して制作をしてもらう試みの一環。Jafriが選んだのは中世からの西ヨーロッパの食文化についての部分でした。
映像の中で妻は「こんなひどい物を人々に与えてしまっていいのか。」 と夫に詰め寄り、夫は「我々が食べさせてるんじゃない、彼らが勝手に食べてるんだ。」と切り返します。 結局、何を口に入れるのかは私たち自身の選択なんですよね。
Profile of 笠原みゆき(アーチスト)
2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。
Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。
ウェブサイト:www.miyukikasahara.com