ゴッホのロンドンの家を訪問! Van Gogh’s London home
- London Art Trail Vol.23
- London Art Trail 笠原みゆき
140年程前、二十歳のゴッホが住んでいた家が南ロンドンに残っているのをご存知でしょうか。 現在このゴッホの家そのものがアートインスタレーションとして公開中とのことで早速訪れてきました。
地下鉄Stockwell駅から5分程歩くと、ジョージアン様式の連棟住宅の一角に“Vincent Van Gogh1853-1890 Painter lived here 1873-1874”と刻まれた青色の丸いプレート(ブルー・プラーク)が見えてきます。
入り口の網入り硝子戸の向こうにはこんな張り紙が。
私の予約時間は午後6時。 30分ごとの入れ替えで、一回に入れるのは5人まで。時間近くになると私を含めた4人が集まりました。中から家族連れが出てきて、前の訪問者が全て退出した事を確認してから呼び鈴を鳴らすと、ロックが自動解除され、家の中へ。
裸電球一つの暗く狭い玄関でしばらく待たされた後、リビングに続く扉がゆっくりと開き、“声”が聞こえてきました。
この“声”こそが、実は作品。 オランダ生れ、ロンドンを基盤とする作家 Saskia Olde Wolbersの“Yes, These Eyes Are The Windows”。 一見CGのようにみえる非常に作り込んだ有機的なオブジェの実写映像に虚構と事実を織り交ぜドキュメンタリータッチで物語をかたっていく作品で知られる作家ですが、今回は壊れかけたジョージアンハウスという用意されたセットを舞台に映像抜きで初めて挑戦したサウンド・インスタレーション作品。 アートエンジェル(第6回コラム参照) のコミッション。
“声”の主はゴッホが住んだ100年後の1970年代にこの家に住んでいたというブラウン氏という設定。 ブラウン夫妻は地元の郵便配達人とアマチュア歴史家の訪問によって、この家にゴッホがかつて住んでいたという隠された事実を知らされます。当時のGreater London Council(GLC)の再開発によって家は既に取り壊される事が決まっていましたが、夫妻はその事実を彼らと共に立証し、著名人が住んだ証であるブルー・プラークを獲得する事によって家を守り抜くことに挑みます。時代は交錯しながら現在から1870年台まで遡り、ゴッホや彼の恋した家主の娘、その孫娘、そして2012年にこの家を購入した中国人実業家/ヴァイオリニストと思われる“声”も参加しこの家の歴史を次第に明らかにしていきます。
壁や天井の一部ははがれ落ち、1940年、50年代の雑誌や新聞が散乱、塵がつもり、時が止まってしまったかのようなこの家の状態は、上の階に進む程酷くなります。 最上階の庭に面した屋根裏部屋(ゴッホの寝室だったとされる)の天井に至っては、40年代のうすい天井板ははがれ、彼の住んだビクトリア時代を通り越し、その骨組みの梁までむき出しになっていて、いつ崩れ落ちてもおかしくない状態。 一方で、崩れかけているそのさまは有機的な力強さがあり、壁、天井、床と四方八方から聞こえてくる声や物音、メインの声以外に次々と現れるささやき声や水の音、壁を叩く音などを聞いているうちに家そのものがものがたりを語っているような錯覚にとらわれます。
Olde Wolbersはこのサウンド・インスタレーションのために家の状態はほぼそのままで手をつけないように苦心しながら、24個のスピカー、500メートルのケーブルを見えないように設置したそうです。
ゴッホの寝室の戸棚には時を経て溜まった壁や天井からはがれ落ちた石膏のかけらの山の上に、肉も何もかも削げ落ちたハトだかネズミだかの小動物の骸骨が横たわっていました。不思議なもので、私たちはその骨のかけら程の情報から想像をかき立て、新しい記憶を作り出していくのですね。
Vimeoに、この作品のTrailerが公開されていました。 20数秒の動画ですが、雰囲気は味わっていただけるかもしれません。
Profile of 笠原みゆき(アーチスト)
2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。
Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。
ウェブサイト:www.miyukikasahara.com