アウトサイドイン!? @Set Ealing

Vol.141
アーティスト
Miyuki Kasahara
笠原 みゆき

SET Ealingのギャラリー。向かいの右側のビルもSETの集合スタジオ(アトリエ)になっている。

西ロンドン地下鉄ウエスト・イーリング駅を降りて南へ。大通りに出て西に向かうとやがて大きな窓ガラスのある建物が見えてきます。上方には「SET」と書かれた文字が見えます。


SET Ealingのギャラリー

中に入ってみます。コンクリートと木のコンビネーションの床、フォームタイル張りの天井と、そこが元はよくあるオフィスまたはショールームだったことをうかがわせます。「SET」はロンドンに現在8つの拠点を持つアーティストスタジオ運営団体で、一時的に空き家になったオフェィスなどを利用して美術家に制作、発表の場を提供しています。今回はその一つ、SET Ealing のギャラリーからグループ展「OUTSIDE/IN」をお伝えします。


「Nervenstrome 2023」Linda Hemmersbach

ミクロそれともマクロの世界?ドイツ語タイトルの「Nervenstrome」を直訳すると神経電流でしょうか?電気を生み出す生き物というとデンキウナギのような電気魚を思い浮かべますが、実際私たち人間を含む全ての生き物が生体電気で動作しています。これらの自然電流は、いわゆる照明をつけたり、電力を供給したりするような電気を生み出すマイナスに帯電した電子の代わりに、カリウム、ナトリウム、カルシウムなど、主に正に荷電したイオンの動きによって生成されます。実は体内の40兆個の細胞はそれぞれ、独自の小さな電圧を持つ小さなバッテリーをもっているそう。最近では、がん細胞には独自の異常な電圧があり、それが健康な細胞が使用する種類のものとは大きく異なることが証明されています。そして現在、これらの誤った電気シグナルを遮断することで、がん細胞の転移を防ぐ研究が進められているそう(もっと生体電気を知りたい方はこちらの本をどうぞ)。 Linda Hemmersbachのアルミニウム版に油彩で描いた作品。


「Ancestry I & ll, 2024」Julie F. Hill

このねじれた岩の柱、どこかでみたことがある?2022年、NASAとSETI(地球外知的生命体探査)研究所は、生命の可能性を求め一人探る無人火星探査機、キュリオシティが撮影した奇妙な形の塔をツイッターで公開。柱の現場は干上がった古代湖の底と考えられているゲイルクレーター。何者かが柱を立てたのではなく、かつてそこにあった岩盤が浸食で徐々に削られたという説が有力です。しかし、翌年のキュリオシティの探査では、湖が地球上のように乾湿サイクルを繰り返していたことも証明されていて、そこに生命が存在し、何らかの構造物があったかもしれないという歴史も否定できません。Julie Hillは地球外鉱物をテーマに紙を使い、大豆インキで染めて表現しています。


「Untitled, 2024」 Eleanor Bedlow

とんがり帽子のようにも、交通規制に使われるトラフィックコーンのようにもみえる淡いブルーと赤の円錐体。でもその尖った先端は神経のように管で繋がれ、絡み合っています。それぞれが集って何かを吸引しようとしているようでも、何かを聞き取ろうかとしているようでもあります。Eleanor Bedlowは採集した野草などの植物を煮立て繊維化してつくる、日本の伝統的な紙作りの技法を使って制作を試みています。


「Nature Nature, All Over Me, 2021+2023」Jillian Knipe

森が燃え盛る火の中で炭と化していく! 人は最終氷期以降、森林伐採を進め、世界の三分の一の森林がすでに失われ、実際その半分は前世紀である20世紀に失われたといいます。中でも農地開発は原因の8割を占めるそう。そしてその多くに現代人の私たちは間接的に加担しています。例えば東南アジアの熱帯雨林を焼き払い、貴重な泥炭地を埋め立てて育てられる油ヤシから摘出するパームオイル。そのオイル摘出の効率の良さから近年需要が急増、日本では植物油と表示され、食料品から石鹸やシャンプー、バイオマス発電にいたるまで、ありとあらゆるものに使われています。層を巧みに重ねたアクリル画は、Jillian Knipeの作品。


「Intervals, 2018」Anna Lytridou

Anna Lytridouの作品もまた自然がテーマ。描かれているのは森、山、川、湖?緑豊かな自然の風景を一度バラバラに切り取った後、継ぎ合わせ、縫い合わせて再構成されていますが、元のようには戻りません。白抜きになってしまった部分が、まるでハゲ山になった森または、砂漠化した地のようにも見えてきます。

プロフィール
アーティスト
笠原 みゆき
2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。 Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。
ウェブサイト:http://www.miyukikasahara.com/

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