航海するラグド・スクール Beaconsfield
- London Art Trail Vol.24
- London Art Trail 笠原みゆき
ラグド・スクールって聞いたことありますか?19世紀の英国で慈善事業として高い教育費の払えない貧しい子供達のために無償で解放した学校のことです。多くの教育者がボランティアとして参加しラグド・スクールを支えました。運動は移民や貧しい労働者の溢れた都市部を中心に広がり、行政が追いつくのは20世紀に入ってから。チャールズ・ディケンズも積極的にロンドン、シティーにあったField Laneラグド・スクールを訪問し、寄付を重ねながら、小説“クリスマス・キャロル” を書き上げたことはよく知られています。
さて、そんなラグド・スクールの一つ(1851年建立)を20年程前からアートギャラリーとして使用しているのがBeaconsfieldギャラリー。南ロンドン、Vauxhall駅から歩いて8分程。
入り口を入ってすぐ右手に狭い階段があり、上っていくと広々とした講堂のような部屋に出ます。そこには 三つのスクリーンを使って部屋の端から端まで映し出された波の映像が、霞の中から次第に現れます。荒波の中、時々難破船などが行ったり来たりしている様子を見ていると船酔いしそうになり、また160年以上の時を経て黒光りする学校の木の床が、まるで船の甲板のようにさえ思えてきます。時の経つのを忘れ、波を眺めているといつの間にか日が落ちて背景が星空に変わっているのに気づかされます。
この作品はフィンランドのVisa SuonpääとPatrik Söderlundの2人組、IC-98の映像インスタレーション作品 “Arkhipelagos (Navigating the Tides of Time) 2013” (20分)。言われないとすぐには気づかないのですが、実は緻密な鉛筆画をアニメーション化したもの。vimeoでも鑑賞することができますので、是非ご覧ください!
下の階に戻りベジタリアン・カフェを横切って一度外に出て、レンガ造りの高架橋のアーチ下のスペースへ。巨大な空間の先には先ほどの難破船が流れ着いた先の映像“Arkhipelagos (Ebb) 2013“(10分)が。
一見静止画像のように思われますが、よく見ていると時おり僅かに旗がはためいたりしているのでアニメーションであることが分かります。ふと、東日本大震災の津波で流され、岩手から米西海岸にたどり着いた小さな漁船の昨年のニュースを思い出しました。漁船には"乗客”ともいえる手のひらサイズ程のイシダイが5匹乗っていて、船内のプランクトンを食べていき伸び、2年間かけて8000kmもの距離を旅していたという話。1匹は"移民"として歓迎されオレゴン州の水族館で展示されているとか。 ▼漂流船のニュースはこちら
こちらは二年前、同ギャラリーで展示された鉛筆画アニメーション“A View from the Other Side 2011”(71分)。 IC-98の基盤とするフィンランドのトゥルクに実際にあるGyllich Stoaという建物をモデルにしていて、古代ギリシャ風の19世紀の建物が、魚市場、レストラン、カフェ、ガソリンスタンド、完全に放置されていたさまと移り変わっていく20年の歳月を70分間で表現した作品。
人間の試みに影響を及ぼす自然と時間をテーマに、気が遠くなるような時間をかけた素朴な鉛筆画でアニメーション作品を作り上げていくIC98。来年のヴェネチアビエンナーレ、フィンランド代表に選ばれており、どんな作品を発表するのか楽しみです。
Profile of 笠原みゆき(アーチスト)
2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。
Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。
ウェブサイト:www.miyukikasahara.com