マインドマネージメント
- 番長プロデューサーの世直しコラムVol.90
- 番長プロデューサーの世直しコラム 櫻木光
CMプロデューサー(プロダクションマネージャーの領域でもある)の仕事は、基本的に 1)スケジュール 2)予算 3)クオリティ(品質) という3つを管理する事だと言われています。
「スケジュールの管理」は、ON AIR開始日から逆算して、ちゃんとCMを期日までに、ハイレベルなクオリティで完成させて納品できるか?ということ。どんな仕事でも当たり前の事ですね。 優秀なクリエイターやスタッフは多忙なので、それを束ねて同じ場所で作業をしてもらうように調整するのは、すごく難しい事だったりします。また、決まりきった物を工場で作っている訳ではないし、手に取って眺める事もできないので、イメージ上での議論になりやすく、買う人の好き嫌いを含めた修正、変更作業をクリアしなければならない事があります。発注主が、完成したCMを気に入らず、感情的にこじれても納期は変わらず。ということはたまに起きます。それを、スケジュール通りに仕上げて、出来上がりがへんてこりんにならないようにするには技術的な知識と根性が必要になってきます。
「予算の管理」は、頂けるお金より使うお金を少なくする。という商売の原則みたいな事。経常利益を出す。 予算的規模縮小の傾向にあるCMの制作現場では、結構簡単に破綻する事があります。つまりおもしろがってがんばると、すっと赤字の作業になる。「何もしないで寝ていた方が儲かったのになぁ~。」というぼやきを聞く事が最近多くなってきました。制作費全体の値ごろ感の予測。スタッフとの事前の予算感の共有や、交渉、説得。大幅な制作方針の変更、説明。安価な機材の有効活用や、パソコンレベルの最新技術の投入などのドラスティックなコストダウンが臨機応変に必要です。
プロデューサーの書く見積もりは「ストーリー」である。と習った事があります。 そのプロデューサーが何を大切に考え、なにを省こうとしているかが、数字の羅列から解りやすく伝わる「物語」になっていないと、人は説得できない。と。
他にも、いろんな監査が入り、支払い期日を守るなどの下請け法の遵守など、ものすごい細かい事をやるようになってきました。他の仕事への原価のつけ回し等の適当な予算の調整は今は違法です。いっぱい仕事をまわしているプロデューサーの武器はどんぶり勘定だったのですが、いい意味でのどんぶり勘定すらできなくなりました。
「クオリティの管理」は、ディレクターに負うところが多そうですが、実は、その前の段階、ディレクターやカメラマン、ライトマンや美術、音楽、CGI、編集など、誰とやるか?誰にやってもらうか?どういうことをやるか?という段階で決まって来ます。対戦相手によって変えて行くチームの先発メンバーとフォーメーション、みたいなものです。 また、日進月歩で変わっているテクノロジーについても、外国のスタッフすら視野に入れて、どれを選択するかが大きくクオリティに関わってくるものです。どんどん出てくる新しいテクノロジーを得意とする才能のピックアップもそうです。日々情報を更新しなければならないですね。
そう考えて行くと、「スケジュールの管理」「予算の管理」「クオリティの管理」は密接に結びついていて、複雑に絡み合っています。何を大事に考えるのかということで、その都度方向性が変わってくるのでしょう。その判断がプロデューサーの醍醐味でありプロデューサーによって出来上がる物が違うと言われるゆえんでもあります。
先日、講演を聞きに行ったCMプロデューサーの大先輩の話では、上記の三つは当然大事ではあるが、もう少し大事にしなければならない要素がひとつあるというのです。 その先輩の、CM制作における「大事な4つのマネージメント」理論は、 1)スケジュール 2)予算 3)クオリティ(品質) 4)マインド ということになるそうです。
つまり、マインド=『その仕事に関わった全ての人が、その仕事に関わった事で何らかの形で幸せにならなければならない』ということが前提の考え方になってくるそうです。「なるほど」と思いました。
CMの企画が立ち上がって納品するまで、何の問題も起きない事はほとんどありません。いろんな理不尽な事がおきて、その都度心が折れそうになる事が発生します。 やっている事に、これが正解!という答えは無いからです。
プロデューサーは自分でその仕事を受注してきた責任者なので、矢面に立っている訳ですから、何があっても心を折る訳にはいきません。プロデューサーが万が一ヘコたれちゃったらもう次に仕事は無い物と思わなくちゃいけません。
しかし、スタッフは違います。 そもそも「金払うからやれよ」という論理はフリーのスタッフには通用しません。お願いする時は、こういう内容の仕事で、このスケジュールで、これくらいのギャラをお支払いできると思いますがやっていただけませんでしょうか?という頼み方です。下手に出ているんじゃありません。礼儀としてそういう態度でお願いするのです。
だから、その後の仕事の内容があまりに理不尽だったり、失礼だったりする様な事があると、スタッフはものすごく怒るし、最悪は仕事を降りられてしまいます。もしくは、おとなの判断をして、飯の種という扱いになって軽く流されてしまう。 普通に徹夜が続いて体力的に限界がくる事もある。 予算的な理由で僕が強権を発動してドン引きされる事もある。
プロデューサーは、仕事がそういう悲しい状態にならないように注意しながら進めなくてはいけない。出た問題はその場でつぶし、極限まで気を使え。ということか。 また、変になったとしたら、ちゃんと手を打って、逆境もプラスの要因に変えられる様な事を探して、スタッフみんなの気持ちを奮い立たせないといけない。「いろいろあったけど結果的にこの仕事に関わってよかったなぁ」と、毎回、全員に思わせるようにするのが、プロデューサーの一番の役割だということなんでしょう。
大先輩から 「櫻木君、僕たちの仕事は、人のために、世の中のためにそれをやるんやで、人のためになにかをやる、と自分の中で決める事は本当に気持ちのいい事や。」 と言われた時はドキッとしました。僕にそれができているだろうか?と。
「プロデューサーがアホでさあ、ご用聞きみたいな奴でさあ、こんなに失礼な事をさも当然のように言って来やがってさあ、上しか見てなくてさあ、判断しなくてさあ、」みたいな話をたまに聞きます。 「あら~それは大変でしたね。まあ、俺と競合する商売敵がアホなのはウエルカムですけどね、わはは~。」とか言ってお茶を濁していますが、あまりいい気分ではありません。僕もどこかでそう言われているかもしれないし、CM業界自体のレベルが下がっているという事でもあるからです。
期せずして聞いた、「関わるみんなのマインドのマネージメント」の話。うすうす気づいてはいたけれど、表面的なテクニックしか自分には無く、ホンキでそこまで思えてはいなかったんだなあ。まだ自分の利益を優先して考えていたのでしょう。そこができないと結果的にスケジュールもクオリティも予算も守れないという話。
大プロデューサーと言われた人たちはみんなこれが出来ていた人たちなんでしょう。そうじゃないと尊敬は得られないですからね。「あの人の仕事はいつも楽しい。」と思われていないと、忙しい人が仕事受けてくれませんし、そうなると発注もありません。という悪循環は避けなければならないのです。 人格の問題だったのです。
コンプライアンス的なマネージメントを求められがちな昨今に、「マインドのマネージメントが一番大切だ。」という話がとても新鮮で、でも本当にそうだよなあ、人は気持ちで大きく変わるもんだからなあ、と思いました。 こういう管理職がいるチームは、強いチームですからね。
Profile of 櫻木光 (CMプロデューサー)
プロデューサーと言ってもいろんなタイプがいると思いますが、矢面に立つのは当たり前と仕事をしていたら、ついたあだ名が「番長」でした。