言葉を取り戻す魔法?! @Oriel y Parc St Davids
休暇を利用してやって来たのは英国の最西端ウェールズにあるセント・デイビッズ (St David’s)。英国で人口、面積ともに最も小さい市(シティ)で、人口1,751人(2021年現在) これは、19世紀までシティのステータスは国王から与えられるものであり、国教会を支える大聖堂があるかないかが鍵だったため。また、ウェールズの聖人、聖デイヴィッドはこの地で西暦500年ごろ生まれたことになっています。
「Oriel y Parc Gallery & Visitor Centre」
ギャラリーに入ってみます。「geiriau diflanedig / the lost words」 展がおこなわれていました。あれっ、2ヶ国語?そう、ここはウェールズ。道路標識から公文書にいたるまでウェールズ語、英語の2言語表示なのです。中ではベストセラーとなった絵本『The lost words(2017年出版)』の原画と詩を展示中。作画 Jackie Morris、詩 Robert Macfarlaneによるもの。この展示は実はこの絵本のウェールズ語、英語の2ヶ国語バージョンの出版記念展でした。モリスは現在この会場からほど近い海岸沿いに住んでいます。
「Clychau’r Gog / Bluebell」首を垂れた鈴なりの藍色の鐘状の花を持つブルーベル。在来種のブルーベルは古代の森の指標植物とも言われ、春先、森がブルーベル・カーペットと呼ばれるその鮮やかな藍色に覆われる姿は圧巻。田舎に行かないとみられない?と思いきや、ロンドンの森でもちゃんと見ることができます。(家の近くの森でも毎年咲いています!) 尚、ベルが上を向いて茎が直立した外来種のスパニッシュ・ブルーベルと混同しないようご注意。近年、この外来種との交配が進んでいることや球根の違法取引などでブルーベルは脅威にさらされています。そのため野生のブルーベルは植物や球根を掘り出すことが禁止され、野生生物および田園法 (1981年) に基づいて保護されています。
ブルーベル・カーペットの上を舞うのは「Tylluan Wen / Barn Owl」。メンフクロウは、ハート型の顔、ベージュの背中と翼、真っ白な腹部を持つことで愛されている中型のフクロウ。ロンドンでも森、林、野原、湿地で、明け方や夕暮れ時に出会うことができます。冬場の曇った日であれば日中出会うことも。「screech」と呼ばれる「ジィヤー」という雄叫びを聞くと、もし自分が好物のハタネズミだったりしたら、かなり縮み上がるなという気がします。英国のみならず世界に広く分布するこの鳥は、1950 年代から1960 年代にかけてDDT などの有機塩素系殺虫剤の影響を受け20世紀に大幅に減少しました。しかしその後の保護活動によってその数は徐々に増加したとされています。
「Crychydd / Heron」長いくちばしに長い首、長い足を持つ、日本でもおなじみ青サギ。水辺に生息するので、引き潮のテムズ河岸、公園の池や湿地、用水路などで、じっと獲物を待っている姿が見かけられます。
「Drudwy / Starling」ヨーロッパ在来種のムクドリ、ホシムクドリ。夏鳥の羽は一見黒く見えますが、近くで見ると光沢のあるビロードのような紫や緑でびっくりするほど艶やか。羽には星屑を散りばめたような白い斑点もあるため、ホシムクドリとの和名があります。雑食性で、集団で行動し、環境適応力も高く、電柱、スーパーの駐車場など緑のない都市部でもみられます。音真似が得意で、車の防犯アラーム?と思って耳をすますと実はホシムクドリの音真似だったということもしばしば。都市部で繁殖しているように見えるこの鳥も、他の地域では激減しているため現在ではレッドリスト(絶滅危惧種)のカテゴリーに入っています。
「Miaren / Bramble」ブランブルと呼ばれるのは木苺の一種のブラックベリー。酸性の土地、工業跡地などの痩せた土地でも日当たりさえ良ければぐんぐん育つたくましさ。ロンドンでも道端や空き地、林など少し緑のある地域に行けば必ず見つかります。今年も例年より暖かめのため、まだ数は少なめですが既に食べ頃の実もちらほら。スタジオへ向かう歩道沿いにも鈴なりになっていて、粒が大きく黒光りしているものを口に放り込みながら進みます。ちなみに摘む時は胸より下の実は避けるのが鉄則。ペットや人尿による汚染を避けるためです。また、ブランブルは野ばらですから、立派な棘があります。調子に乗って摘んでいると気づいたら手足が傷だらけになっていたなんてことも。
作品をみていくと、さらに柳の木、白樺林、カワセミなどと続き、英国の身近な自然を描いた展示のように思えます。ではなぜ本のタイトル、展示のタイトルが「The lost words」なのでしょうか。
2015年、マイケル・モーパーゴ、アンドリュー・モーション、マーガレット・アトウッドを含む作家らは、オックスフォードジュニア辞典に「自然」の言葉を復活させるよう求める公開書簡に署名しました。
オックスフォードジュニア辞典は7歳から9歳を対象とした児童辞典で、約4,700語を収録。改訂版において動植物を表す言葉が削除され、「ブロードバンド」、「アレルギー」、「ユーロ」などの最新の用語に置き換えられたことを受けて、30人近くの作家や博物学者が、オックスフォード大学出版局に宛てた嘆願書に名を連ねたもの。そして子供たちと自然とのつながりが急速に減少していることが「大きな問題」であると警告したのです。
モリスもまた、著名に参加した作家の一人。同じく著名したマクファーレンに削除された言葉そのものをテーマにした絵本を共同出版することを打診し、絵筆をとります。ブルーベル、メンフクロウ、ホシムクドリ、ブランブルなど、これらは児童辞書から削除された言葉だったのです。
「The lost words」は Children’s Book of the Year (British Book Awards)を受賞、草の根運動は支援を集め、スコットランドの全小学校の図書館にその絵本の蔵書に成功。さらにイングランドの半数、ウェールズの4分の1の小学校の図書館への蔵書につなげます。
「The lost words」のタイトルはまたウェールズ語の歴史も反映しています。ウェールズは13世紀にイングランドから軍事支配を受け、16世紀についに公式に併合されます。以降、英語が公用語とされ、ウェールズ語の話者は減少していってしまいます。しかし、1967年転機が訪れます。ウェールズ語の公的使用が認められる「カムリ―言語法」が制定されるのです。これにより、テレビ局の開設、ウェールズ語学校の増加などウェールズ語を普及する取り組みが活性化、話者は徐々に増えていきます。そして2011年にはウェールズ語が公用語になったのです。また、北部や西部では今でもウェールズ語が第一言語で、子供たちは小学校に入って初めて英語を習うのだそうです。ウェールズ政府は2050年までに話者を人口の約3割に当たる100万人にする計画を示しています。
英語の「spell」には文字を綴るという意味以外に魔法の言葉、魔法をかけるという意味もあります。言葉を綴ることは魔法をかけること。会場で呪文のように聞こえて来たのはウェールズ語を話す子供たちの言葉でした。