“義理欠く恥かく人情欠く”…『ガキ帝国』をバカにするような注文に腹が立った。

Vol.76
映画監督
Kazuyuki Izutsu
井筒 和幸氏

『ガキ帝国』が公開された1981年は、映画作りに忙殺された年だ。

春の終わり頃。東映の製作本部のお偉いさんから電話があった。「東映の鈴木だけど、あんたの『ガキ帝国』というシャシン、乱闘ばっかりで何を喋ってるか判らないとこもあったけど、勢いはあったよ。明日だが、銀座の本社に来れるか?」と早口でまくしたてられた。

翌日、ボクは一人で銀座の東映会館に出向いた。上階の広い会議室で待っていると、本部長が忙しそうに入ってきて正面に座るや、切り出したのだった。 

「あの『ガキ帝国』っていうタイトルだが、あれはキミが考えたんだろ?何かの漫画のタイトルじゃないよな? あの題名はオモシロいから、題名だけはまた使わせてもらいたくて。パート2としても、権利はいいんだろ?」
「はい……、製作したATG(日本アート・シアター・ギルド)のものです。題名だけとは?」
「だから、続編でなくていいから、続篇みたいなもんで、若いヤンチャな奴らがまたグループ同士でケンカしたり、やり返したりだ、そういう抗争劇をまた考えられるかな、どうだ?」
「ええ、ボクは続篇なんか考えていなかったし、『ガキ帝国』はあれで終わりにしたつもりなんですが……」
「だから、あの話はあれでいいし、あんなチンピラ兄ちゃんがいっぱい出て暴れまくる話をもっと娯楽的にふくらませて…、あと、あの韓国人の兄ちゃんとかはもう出さなくていい、要らないから。もっと分かりやすい話を作ってくれるか。ケンカもお色気場面もあっていいから。1週間ぐらいで何か書いて持ってきてくれるか?あらすじを。簡単でいいよ」
「…はい」
「キミにお願いしたいのは、この9月中旬の封切る、三浦友和主演の『獣たちの熱い眠り』というハードボイルドものの、その併映番組だよ。制作はキミたちに任すから。9月封切りで時間ないがよろしく」

 ボクは、本部長の話は聞いたものの、『ガキ帝国』という題名だけを使って、チンピラたちがケンカばっかりするようなという、いかにも“義理欠く恥か人情欠く”と言われた三角マークの東映の本部長らしい高飛車な注文に、腹が立って仕方なかった。『ガキ帝国』をバカにしてるようだったからだ。でも、同時に、9月の番組を撮ってくれという初めての依頼は、ボクをとても興奮させた。よっし、売られたケンカは買ってやるぞと思い直したのだ。 

「分かりました。すぐに仲間と相談して、たたき台を作ります」と、会議室を飛び出すや、ピンク映画からの脚本兼助監督の相棒にその旨を伝えた。だが、あらすじは考えるとして、3千万円の映画製作をしっかり仕切れるプロデユーサーを見つけ、現場スタッフを急いで揃えないと追いつかないなと、急に不安になった。

早速、元日活のプロデューサー集団に声をかけ、東京の制作部、演出部の機動部隊を集めた。そして、全篇大阪ロケの話なのに大阪の街を知らない“井筒組”を結成した。「街なんか知らなくてもどうにかするのが、活動屋だよ、カントク」と、そのベテラン制作担当者がボクの肩を叩いて励ましてくれた。

本部長にあらすじを読ませると、「話はこんなことにしても、一作目の漫才コンビ、紳助竜介はワンシーン出せるか」と注文をつけられた。ボクは主演してくれたばかりの二人にそんなことを頼みたくないし、また、はらわたが煮えくり返ったが、「はい、言ってみます」と答えた。これがメジャーの作り方かと応じるしかなかった。 

相棒の方はシナリオの突貫作業に入った。制作部は3か月後の7月上旬クランクインを決めた。熱い、熱い夏の正念場がやってくるかと思うと、卒倒しそうだった。これが公開後も数奇な運命を辿ることになる、『ガキ帝国・悪たれ戦争』の、始まりだった。

ロケ準備中に観た映画を列記する。いずれも、夏の映画作りに勇気を与えてくれたものばかりだ。ハーベイ・カイテルがピアニストを目指すチンピラを熱演した『マッド・フィンガーズ』(81年)。映画は自由だと教えてくれる『ブルース・ブラザース』(81年)、タフガイのジェームス・カーンがプロの金庫破りに扮した『ザ・クラッカー/真夜中のアウトロー』(81年)(この邦題は嫌だが)、そして、伝説のカントリー歌手の半生を追った『歌え!ロレッタ愛のために』(81年)は、ボクの心をほぐしてくれたのだ。 

(続く)

≪登場した作品詳細≫

 

『獣たちの熱い眠り』(81年)

監督:村川透
脚本:永原秀一
原作:勝目梓
出演:三浦友和、なつきれい、風吹ジュン

『マッド・フィンガー』(81年)
監督:ジェームズ・トバック
脚本:ジェームズ・トバック
出演:ハーベイ・カイテル、ティサ・ファロー、ジム・ブラウン

『ブルース・ブラザース』(81年)
監督:ジョン・ランディス
脚本:ダン・エイクロイド、ジョン・ランディス
出演:ジョン・ベルーシ、ダン・エイクロイド、ジェームズ・ブラウン

『ザ・クラッカー/真夜中のアウトロー』(81年)
監督:マイケル・マン
原作:フランク・ホヒマー
脚本:マイケル・マン
出演:ジェームズ・カーン、チューズデイ・ウェルド、ジェームズ・ベルーシ

『歌え!ロレッタ愛のために』(81年)
監督:マイケル・アプテッド
脚本:トム・リックマン
原案:ロレッタ・リン、ジョージ・ベクシー
出演:シシー・スペイセク、トミー・リー・ジョーンズ、ビバリー・ダンジェロ

『ガキ帝国・悪たれ戦争』(81年)
監督・原案:井筒和幸
脚本・助監督:西岡琢也,平山秀之
出演:島田紳助, 松本竜介

※()内は日本での映画公開年。
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■鳥越アズーリFM「井筒和幸の無頼日記」(毎週日曜13:00〜13:50 生放送中) https://azzurri-fm.com/program/index.php?program_id=302
■欲望の昭和を生きたヤクザたちを描く『無頼』はNetflixAmazonで配信中。 

プロフィール
映画監督
井筒 和幸氏
■生年月日 1952年12月13日
■出身地  奈良県

奈良県立奈良高等学校在学中から映画製作を開始。 在学中に8mm映画「オレたちに明日はない」、 卒業後に16mm「戦争を知らんガキ」を製作。
1975年、高校時代の仲間と映画制作グループ「新映倶楽部」を設立。

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