プロデューサーとディレクターの関係について

Vol.003
CMプロデューサー
Hikaru Sakuragi
櫻木 光

ここに書くことはCMの制作に携わったことがない人にも極力わかりやすく
書いてみようと思うので少し長くなったり、くどくなったりするかもしれません。

ディレクターという職業があります。
監督、演出家とも言う。
映画、テレビ番組、ドラマ、コンサート、舞台、フィールドはそれぞれ違うけど
必ず必要な扇の要のような役割の人です。

この場合、テレビコマーシャルとそれに付随する広告映像についての話です。
この人が何をする人でどんな人なのか?何を考え、何を大切にしているのか?
CMディレクター

CMにはまず企画の段階があり、広告代理店のクリエイティブが、クライアントからの
オリエンを受けて、「企画」を作ります。CMの設計図です。
30秒や15秒の時間の中で、映像のアイデアとコピーやナレーションなどの
文章的アイデアを練る。そこに音楽の要素、出演者の要素がアイデアレベルで加わり
アートディレクターとコピーライター、CMプランナーと言う人たちが長い時間をかけて
アイデアを構築して企画コンテを作り、何度もクライアントと意見を交換して、
提案を繰り返し、どういうCMにするのか形が定まっていきます。

僕らプロデューサーは企画の比較的早い段階で呼ばれます。
考えている企画が予算やスケジュール的に可能性があるのか無いのか判断するためです。
その可能性の中に演出家は誰に頼むか?というポイントが重要なこととして入っています。
演出家があらかじめもう目処がついている場合には企画の段階で打ち合わせに加わってもらい
意見を聞きながら一緒に企画をする場合もあります。

この演出家の選定というのがプロデューサーの良し悪しを決めると言っても過言では無い。
代理店のクリエイターの望むクオリティを表現できる演出家を連れて来れるかどうか?
また、提示された予算内でその演出家が力を発揮できるかどうか?
想像力と交渉力が試されるからです。頭が痛い。
いろんなことを悩んだ挙句、演出家が決定すると、クライアントと代理店が握った
企画コンテを演出家に提示して、「演出コンテ」を作成してもらうことになります。

演出コンテは、設計図の企画コンテに対して、もっと細かく具体的に書かれた
指示書のようなものです。全カットに秒数が振られていたり、カメラの動き、出演者
の演技、時間帯や光の方向性、セリフの言い回し、ナレーションや音楽の位置。
そう言うことが細かく書かれている。それは広告主や代理店への説明書になっているけど
そのままスタッフへの指示書にもなっています。まず想像だけでこれを書くのは大変です。
失敗と成功を体験した熟練工の書いた指示書じゃないとその通りにはなかなかいかないですね。

次に、演出家の仕事はスタッフィングです。つまりその仕事を実現するのに最適なスタッフ
は誰なのか?その人たちの得意技を加味しながら信頼関係と人間性で選んでいきます。
カメラマン、ライトマン、美術デザイナー、スタイリスト、ヘアメイク、編集マン、録音技術者
音楽プロデューサー、そう言った人たちをプロデューサーやプロダクションマネージャーと
相談しながら選ぶ。相談するのは、当然内容に沿ったアドバイスを求めるのもありますが、スケジュールの合う合わない、や、ギャラの額などの予算のこともあるからです。

そうやって選ばれた人たちに集まってもらい、指示書である演出コンテに則って何をしたいのか説明をする会議を開きます。それをスタッフ打ち合わせ、またはオールスタッフ打ち合わせといいます。
そこで各スタッフに何をしたいのか伝えて、それならばこうしたらどうですか?という
スタッフからのリアクションをもらったり議論したりしながら画の作りを具体的にしていく。
ロケかスタジオにセットを作るか?カメラの動きは?光のあたり方は?どんな衣装にするか?メイクは?そう言うことを一通り話し、スタッフにも持ち帰ってもらい、具体的な例などを次に持ち寄って議論するために考えてもらいながら自分もまた演出コンテの内容をモディファイしていく。

理想的にはまた後日、もう一回みんなで集まって、具体的なアイデアを持ち寄って話し合いをします。1回目で話し合った内容で考えを持ち寄り確認をする。みなさん忙しいのでバラバラに上がってくるアイデアを制作部が取りまとめて演出家と確認することもあります。

その後、スタッフとロケ地を探してのロケハンや出演者のオーディション、出演者が決まれば衣装の発注。タレントの場合は内容の説明と衣装合わせ。音楽はどうしたいか?効果音はどうする?どんどん具体的なことを決めていきます。
撮影の一週間前を目処に、それを一通り取りまとめて、広告主に提案し確認する作業をPPMと言います。これが最終の契約書になります。

そして現場。
撮影本番日の前の日に、美術のセットのチェック、ライティングの準備と具体的なカメラのアングルをカットごとに決めていくアングルチェックと言う作業があります。
撮影当日、タレントさんが入ってからの衣装の最終チェック、制作部との段取りのチェックと細かい調整をして本番。

本番の時に一つ、みんながいつも少し間違っていることがあります。
それは、演出家は最初からある確信を持って「よーいスタート」を言っている。
と思っていることです。
つまり、演出家は本番の撮影の時に、これどうやったら上手くいくのかな?と思いながら、探り探り本番に入ります。だから、特に撮影の一番最初のカットを撮影するときは、その日のある形を演出家が掴むまで、幾つもテイクを撮って悩んでいたとしても、周りは静かにそこに時間をかけさせてあげなければいけないのです。せめて撮影の立ち上がり色々試させてあげたい。
周りの人間は、監督の演出が意図と違うと感じたり、言いたいことができたとしても
すぐにやいのやいの言い出さずに、演出家がどういう意図でそうしているかを考えながら
見守りつつ、そのカットのOKを監督が出した後に、監督と冷静に話をするという態度でいた方がうまくいきます。

撮影が終わると仮編集。
比較的安易な方法で精度の高い編集ができる時代になりました。これで撮った素材を
どこをどう言うふうに使うのか決めて、仮の音楽を当てたり、タイトルを入れたり
大まかに、いや最近はほぼ完成系に近づける編集まで持っていき、広告主に試写をします。
試写がうまくいくと次はその編集で使っているカットの色調整の作業。カラコレと言います。
編集がチグハグにならないように各カットの色や明るさを調整して全体のトーンを作ります。

並行して、音楽録音、ナレーターの選定と提案。効果音の発注。
そして本編集。最終的にオンエアするための画像を作ります。例えば女優のシワを消したり
撮影時のやむなくバレてしまったものを消したり、タイトルをアニメーションしたり
背景やCGと合成したり細かくお化粧をして
オンエアの基準やフォーマットに合わせて原板を作ります。
そこに、セリフ、音楽、ナレーション、効果音などの音の要素を加えていきバランスを取り
音の聞こえをよくする作業、MAVをします。それが終わると完成です。
それを広告主に試写してOKが出たら晴れてオンエアということになります。

長いですね。書いていてやめようかこのコラム。と思いました。

ここまでが簡単に説明したCMの作業行程になります。もっと細かいことがありますが
それはそのCMの内容によります。だいたいこういうもんです。

さてここからが問題です。

この工程の一つ一つを演出家という人は決断を下して進まなければいけません。
とても具体的な職業です。なんとなくぼんやりとした態度でいたら誰か決めてくれるわけでは
ありません。CDから、プロデューサーから、プロマネから、「監督どうしますか?」と
ひっきりなしに質問が飛んできます。
ここに書かれた工程は最低限のものだとしても、それ一つ一つについて熟考して、全体も見て
答えを出さなければいけないのです。

そういう仕事をしている人はいつも前向きですね。愚痴っている暇はない。

だけど、決めなきゃいけないことを一つ一つ決めていく行為が全て思い通りに行くわけもない。
広告にはいろんな都合があります。法律、自主規制、放送コード、人の好み、マーケのデータ。
天気が悪い、段取りが悪い、熱中症でスタッフが倒れる、コロナで熱が出る。
演出家が色々考えて、ある形にして、これでいきますと提案した時に、必ず横槍が入るものです。
え、そこ?ってこともよくある。商品によりますが、ヒゲはだめとか左利きはダメとか。
衣装の色が気に入らないとか。ロケ地の店にこの商品が置いてないからダメ。とか。

そういうことを全部乗り越えて、形にして、CMとしてわかりやすく、目に付き、モノが売れる
ようなストーリーを30秒や15秒で作らなければいけない。人を喜ばせる。
直接関わっている人を喜ばせても仕方ない。テレビやネットでCMを見た人を喜ばせる。

いろんな要因があって、やりたいことが全然できなかったとしても、これ監督誰?って
この商売をやっている人たちにはわかる。だから人格をかけて演出しなければ、何かを
残しておかなければ次の仕事がなくなるんです。演出家はそういう意味で意地を張っていなければいけません。人の都合をハイハイと聞いていると都合のいいものしかできないからです。

だから昔の演出家は怖かったですね。
僕がプロマネやっていた時の巨匠の演出家たちは本当にクセが強く、いつもイライラしていて
怒鳴っているイメージでした。自分がやらなければいけないことを譲らなかった。
そうやって作られるものの中に名作があったのも事実。怖い人はいいものを作っていた。
時代も変わってそんな態度の人は現場にいれなくなっちゃったので
表面的には冷静な優しい人が多くなってきましたが、演出家の本質は、いつも心配していて
いつもイライラしているもんだと思ってないといけない。

面白いことに、演出家はディレクター、つまりダイレクターなので、スタッフにも役者にも直接指示をする人。先にも書きましたが一つ一つどれにするのか決めなければいけない立場なのですが、「簡単には決めるのが嫌い」という人種でもあります。
だから差し出された選択肢を、じゃあこれじゃあこれとポンポンと決めていく演出家はいません。思っていることは常に「もっといいのはないの?」です。いいものがあっても、もっといいものがあるかもしれないと思う欲深い人がいいCMを作ります。ましてや自分のイメージに到達していない場合は全然選んでくれません。「もうちょっと探して」と言います。制作部などはそこに都合を持ち込んで言い訳にする場合がありますがそんな言い訳は通じないと思った方がいい。時間いっぱい粘っていいものを探したい人です。そこに付き合ってあげないといけない。

30秒や15秒だけのCMの映像を作るだけでも、まわりは何ヶ月も疲弊した生活を送るくらい大変なのに、映画の監督の2時間映画を作るという行為は本当に想像がつかない大変さだと思います。
ただCMの演出家も映画をとれるくらいの準備をして、時にはお金もかけて、最上級の牛タンの
うすーい一枚を削り出すみたいな神経質な作業を強いられているものです。
プロデューサーは楽でいいなあとすら思う時があります。別の苦労があるんですけどね。

最近の風潮としては、CMディレクターの発言力が少し弱くなって、広告代理店のCDや広告主の担当者がかなりの意思決定をするような状態になってきている。それに良し悪しはないのだけど、演出家が考え抜いて決めて形にしてきたことを「叩き台」としてみてそこから意見を言い、形がどんどん変わる時がある。それはいいことではないと思うときがあります。
その「叩き台」は孰考されて作られているので、ある程度尊重されなければいけません。

CMに限ると、特に若い演出家は演出オペレーターとして機能していることが多くなってきた。
多分だけど、やってる本人たちもあまり面白くないんじゃないかと思う時がある。
そういう時にやはりプロデューサーの立ち回り方が重要になるんだけど、プロデューサーも気が利かないやつが多くなってきて、演出家を守れないのをよく見るようになった。
そんなことをしていると若い偉大な監督が出てこなくなっちゃう。

プロデューサーの定義としては、仕事の発注主の想いを叶える、ということが第一義なんだけど、自分で選んで提案したスタッフ、特に演出家の意見を、理由がある場合は別だけど、漠然とした都合によって否定するのは自己否定でもあるのだ。だから、クリエイティブと演出家の意見が分かれた時には必ず割って入って意見の調整をする必要がある。その時のプロデューサーの態度がかなり重要になってくると思うのです。バランスを取る判断をわざとらしくやらなければいけないのだ。

クリエイティブの気持ち、営業の都合、クライアントの言い分、とそれを飲み込んで具体化した演出家の気持ちをちゃんとおもんばかって現場にいないと、ただの無神経な、お金とご飯のことばかり考えているおじさんでしかなくなる。

演出家の選定がプロデューサーの良し悪しを決めるのであれば、選ぶだけではなく、笑って終わらせることができないとやっぱりダメなプロデューサーになっちゃうと思うのです。

プロフィール
CMプロデューサー
櫻木 光
自分の関わった仕事の案件で、矢面に立つのは当たり前と、体と気持ちを突っ張って仕事をしていたら、ついたあだ名は「番長」。 52歳で初めて子どもを授かったのでいまや「子連れ番長」。子連れは、今までとは質の違う、考えた事も無かった様な出来事が連発するような日々になったけれど、守りに入らず、世の中の不条理に対する怒りを忘れず、諦めず、悪者だけど卑怯者にはならない様に生きていたいと思っております。

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