ターナー賞、40歳! 前編 @Tate Britain

Vol.151
アーティスト
Miyuki Kasahara
笠原 みゆき

テート・ブリテン 地下鉄ピムリコ駅から徒歩約4分

いよいよ150回を超えたこのコラム。グラスルーツからメジャーまでヨーロッパそして主に英国を中心とした様々な現代美術を紹介してきましたが、実はターナー賞展を紹介していなかったことが発覚!ターナー賞は英国の画家 J. M. W. ターナーにちなんで名付けられ、英国の美術家に毎年贈られる賞。ターナーは今でこそ英国を代表する伝統的な画家として知られていますが、19世紀当時彼の作品は常に物議を醸していました。絵画に対する彼の新しいアプローチは、美術史の流れを変えました。ターナーのような新しい美術の流れを生み出す作家を発掘すること、ターナー賞にはそんな使命が込められています。1984年の創設以来、この賞は英国で最も有名な芸術賞となっています。

ターナー賞はテート・ブリテンで隔年で授与され、英国各地のさまざまな会場が使用されます。毎年春に、英国美術家の中から4人がノミネートされます。1991年から2016 年までは、50歳未満という年齢制限がありましたが、2017年にはこれは取り払われました。さて前置きが長くなりましたが、そんなわけで、今回と次回の2回に分けて第40回ターナー賞ノミネート者の作品の展示をテート・ブリテンからお伝えします。


Pio Abadの展示風景

まず最初はフィリピン人のアーティスト、ピオ・アバド (Pio Abad)の展示から。博物館を思わせるような暗めに塗られた壁に整然としたディスプレイ。


1897.76.18.6 No.1 – No.18 2023 – 24   Pio Abad

詳細に描かれたペン画のシリーズ。よく見ると左のオブジェと右の積み重ねられた日用品は同じ高さになっています。左側のオブジェは実はすべて大英博物館が所蔵しているかつて南ナイジェリアに存在したベニン王国のブロンズ彫刻。


1897.76.18.6 No.1 – No.18 2023 – 24  Pio Abad

こちらの左側の線画はベニンの銅鐘。12世紀から19世紀まで栄えたベニン王国ですが、1897年に英国によって滅ぼされます。植民地化を拒んだ王国に対し、英国軍は街を焼き払い、王国の文化財を破壊・略奪します。美術品として評価の高いベニンのブロンズ像はこのときに略奪され、ヨーロッパ各地に流れています。

3度目のパンデミックによる英国ロックダウン中、アバドは読んでいた本の中で南ロンドンのウーリッジにある自身の住んでいる建物がかつてベニンを襲った英国軍の兵器廠(へいきしょう)であったことを知り、このシリーズを描き始めました。右側のドローイングは家の中にあった痛ましい搾取の歴史を語る書物や略奪品から変化した民芸品もどきのオブジェ、不慣れな気候で育つ熱帯植物など組み合わせて描いています。


Giolo’s Lament 2023 Pio Abad

アバドの今回の展示の多くはオックスフォードにある複数の博物館の収蔵品の研究を元に制作された作品ですが、こちらもその一つ。大理石に刻まれた白い手は誰かに手を振っているようにも、さざ波のようにも見えます。腕には精巧な刺青が施されています。


Prince Giolo in the Musæum Pointerianum (St John’s College, MS 253)

作品のインスピレーションとなったのは、こちらの「ジオロ王子」の展示を宣伝するチラシ。通称「ジオロ王子」として知られたフィリピンの島民ジェオリは、母親とともに奴隷商人に捕らえられ、英国の探検家、海賊、私掠船長のウィリアム・ダンピア に売られます 。ダンピアは今日、地球を3周した最初の探検家として知られている人物。帰国後ダンピアはジェオリを売り、彼バージョンのロマンチック化したジェオリの物語を含む旅行記を「最新世界周航記」 (1697 年) として出版。そして全身に入れ墨を持った東洋人のジェオリは、非人間的な「珍品」としてロンドンで展示(見世物に)されたのです。展示後、まもなく天然痘で死亡すると、彼の刺青のある皮膚は動物標本のようにすべて剥ぎ取られ、オックスフォード大学のボドリアン図書館に保存されました。


Kiss the Hand You Cannot Bite 2019 
Pio Abad & Frances Wadsworth Jones

コンクリートでできたモニュメントの装飾の一部のようですが、よく見ると巨大なブレスレット。ブレスレットのモデルはフィリピン第10代マルコス大統領夫人として知られるイメルダ・マルコスの宝飾品コレクションの一つ。アバドは写真資料をもとに妻であるジュエリーデザイナーの Frances Wadsworth Jones と共同制作しています。30カラットのルビーとダイヤとパールのブレスレットはメデューサに睨まれたかのように輝きを失い価値のない石に変えられています。


For the Sphinx 2024 Pio Abad & Frances Wadsworth Jones

このティアラもまたイメルダ夫人の宝飾品コレクションの一つをブロンズで再現したもの。ココシニクと呼ばれるロシア女性の伝統的なティアラで、元々ロシア最後の王朝ロマノフ家の家宝。ロシア革命の後国有化されオークションにかけられるとこれは、イギリスの貴族のもとへ渡っています。アバドは2016年のフィリピン政府の記者会見でこれを初めて目撃します。

ピープルパワー革命とも呼ばれる、数百万人のフィリピン人が非暴力蜂起で街頭に繰り出した1986年2月、マルコス夫妻は、マニラの大統領官邸から逃亡します。そこで、マルコス大統領の残虐行為と汚職を見て見ぬふりをしてきたレーガン米大統領は彼らに豪華なハワイへの亡命権を与えます。ホノルルに到着すると、米国の税関は、マルコス夫妻が貧しいフィリピン国民の血税からから盗んだ100億ドルの一部である2億1,100万ドル相当の高級宝飾品の数々を夫妻の孫のオムツのバックの中から発見します。この宝飾品はフィリピン政府に引き渡され、それ以来フィリピン中央銀行の金庫室で眠っているとされています。 2017年以来、アバドは妻と共同で、このまだ見ぬ膨大なコレクションの再構築を続けています。

アバドは語ります。「確か5歳だったと思うのだけど、私の最も古い記憶の1つは、マルコス夫妻がハワイに追放された数年後に大統領官邸の地下室を訪れたこと。彼らの去った後の余波は、残していった大量の品々に焦点が当てられ、イメルダの(3000足の)靴は腐敗の略語となったほど。…(中略)… そして地下室は、臨時の博物館になった。彼らが残していったものはすべて棚に並べられ、学校の子供たちはバスツアーでこれらのものを見に行った。これらのマホガニーの棚は、今でも私の記憶に刻み込まれている。まるでこの世の終末後のデパートのようだった。振り返ってみると、これは美術館、博物館(ミュージアム)とは何かを理解する上で形成的な出来事だったと思う。ミュージアムとは…。」


Jasleen Kaurの展示風景

次はインド系スコットランド人のジャスリーン・カウル(Jasleen Kaur)の作品。 天井には果てしない空、床には果てしない絨毯。壁には何もなく、その先には藤色のサテン生地の祭壇が設えられ、木製の手の立体が並んでいます。耳をすますと時折小さなシンバルのような音が聞こえてきます。


Untitled 2023 Jasleen Kaur

突然オルガンのような音が聞こえてきたので近づくとそこには自動式のオルガン、ハーモニウムが。教会のパイプオルガンに変わるコンパクトなオルガンとしてフランスで生まれたハーモニウム。イギリスのインド植民地化によって瞬く間にインド全土に広がると、より小さく携帯性の良い姿に変わっていきました。カウルはそんなハーモニウムを奏でて歌う父親からシク教の祈りの歌を習ったと言います。一方ハーモニウムは、シク教の伝統的な弦楽器に大きく取って代わり、以前は結びつけられていたシク教とイスラム教の音楽の系譜内の分裂を促すことになります。

その下はレンガを手に持つ人々の写真?写真は2021年のインド、パンジャブ州モガのバルール村でのモスクの定礎式典の様子。1947年のインド、パキスタンの分離独立後、北インドのイスラム教徒の多くがパキスタンに渡り、多くのモスクが使用されなくなりました。バルールでも、村のモスクは廃墟になっていました。村にはイスラム教徒の家族がほんの一握りしかいないため、村長自らモスクの修復を主導。シク教徒とヒンズー教徒をはじめとするあらゆる信仰を持つ住民が協力し、モスクの再建を果たしたそうです。


Untitled 2023 Jasleen Kaur

写真はデモ集会?2021年5月、スコットランド最大の都市、グラスゴーのポロックシールズ地区に住むインド系のシク教徒の男性2人が、移民法違反の疑いで早朝自宅から連れ出され、ワゴン車に内務省により拘留されます。これに対して、近隣住民と支援団体は座り込み抗議を行い、2人が釈放されるまで8時間ワゴン車を囲みました。拘束された2人の男性は、抗議活動当時スコットランドに10年間住んでいたものの、滞在許可が与えられていなかったシク教徒でインド国籍の男性。この地区は、大規模なシク教徒とイスラム教徒のコミュニティの本拠地であり、当時のスコットランド首相でスコットランド国民党の党首ニコラ・スタージョンの選挙区。この襲撃はスコットランドで最も民族的に多様である地域で、2021年のスコットランド議会選挙後の政権移行期間中に意図的に行われたのです。ポロックシールズはまた、カウルの生まれ育った地区です。


Begampura, 2023 Jasleen Kaur

透明アクリルに描かれているのはポロックシールズ南端に位置する広大なポロック・カントリー・パークの空。天窓から陽の光が差し込む中、青空の中に浮く白い雲が見えます。霞がかかったその空に浮かんでいるはラジカセ、CD、カセットテープ、オレンジのジャージ、サッカーのスカーフ、インドの右翼団体RSSへの反対運動やグラスゴーインド人労働者組合などの政治関連のチラシ、ムガル帝国(インド史上最大にして最後のイスラム王朝 1526〜1858 )の漫画の描かれたトイレットペーパー、「Vera」と書かれた葬式の花飾りなど。カウルはそこにできるだけ日常的な価値の薄いものを配したといっています。下に敷かれたカーペットは高級絨毯アクスミンスターのイミテーション。そこは人が集い、祈りを捧げる場を示唆しています。

この作品タイトルのBegampura(ベガンプラ)は15世紀のインドの聖人で詩人のラヴィダスの思想から。ラヴィダスは、無国籍、階級のない、カーストのない、いかなる差別もなく人々が調和して暮らす社会を思い描いていました。彼はこの理想の社会を「Begampur(a)(痛みのない場所)」と名付けました。そこでは誰も税金を徴収されておらず、誰も富を所有していません。


The Chorus 2023 Jasleen Kaur

The Chorus 2023

またシンバルを叩く音が聞こえてきます。叩いていたのは弥勒菩薩のようにエレガントな木の手の彫刻。マンジーラはインド各地で使われている小さなシンバル。カスタネットのように二つを打ち合わせて演奏され、古典音楽、民俗舞踊から宗教儀式にいたるまで古くから用いられているとか。色の異なる大きな「手」はまた、祭壇の布を共同で縫い合わせているようにも見えます。


Sociomobile 2023

車の中から歌声が聞こえてきます。赤いフォードの車にはなぜかかぎ針編みレースのdoily?がかかっています。男性的な「車」が、掛けられた女性的で家庭的なドイリーによってその戦闘的な意図を失っています。ドイリーは20世紀初頭にスコットランドの宣教師によってインドに持ち込まれたとされています。


Untitled 2023 Jasleen Kaur

写真に暖かい陽の光のようなオレンジの樹脂がかけられています。生まれてきたのはカウル自身?それとも他の家族の一員でしょうか?目隠しに注入されているのはサンスクリット語で「パン」を意味するインドの平たいパン、ロティ。

どこからかカウルの声が聞こえてきます。
「想像してみてごらん。広大な空間、匂い、音、コーラス、傍らにいる人々の身体を。
さあ、想像して。自分の身体の内部、構造、基礎、骨、筋、肉を。
何があなたたちを繋ぎ止めているの?」

ターナー賞展、次回に続きます。お楽しみに!

プロフィール
アーティスト
笠原 みゆき
2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。 Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。
ウェブサイト:http://www.miyukikasahara.com/

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