本音を言いたがらない若者

Vo.007
CMプロデューサー
Hikaru Sakuragi
櫻木 光

SNSを見ていたら、ある経済雑誌の記事に目が止まった。

内容は、今の若者は本音を言いたがらない。昭和世代は本音は必要だと考えている。

というものだった。本音を言いたがらない若者にとって、最近流行りのONE on ONEなどの面談は意味をなさない。と書いてある。

 

日本の文化は、本音と建前の文化である。とよく言われるがどういうことなんだろうか?

といつも思う。よその国は違うのか?

 

「本当のことを言う人」と「本音を言う人」というのは分けなければいけない。

その中で、本当のことを言う人がいつも本音を言っているかどうかはわからない。

本当のことというのはただただ客観的な事実である。

本音というのは、その客観的な事実に基づいた、ある人の考えや感情のことではないか?

ある人の考えや感情なのだから、それが正解かどうかもわからない。

本音とはその人の本心なのだが、所詮私見なのだから正解も不正解もない。

 

昭和世代は本音は必要だと書いてあるが、昭和世代の後半の僕は仕事に本音が必要だとは

思ったことはない。

生活していると、私生活の中の個人の人格と、仕事をしている時の組織的人格というのが

必ず自分の中で分けられる。

 

仕事は、ある目標を達成するために一番効率のいい方法を選択し続けなければいけない。

それがいつもいつもうまくいくとは限らない。

というか、そんなに都合よく、効率よくこなせる仕事なんかない。

 

そこで出た問題を解決するために、どういうやり方で解決するのが自分にとって一番か?

を考えて自分のキャラクターを設定しなければいけない。と思った。

これが僕の中の組織的人格。

 

スポーツチームのポジションと同じで、どのポジションを選択するかは、自分の能力と

本来の性格との相談になる。今いる組織の中で、どのポジションが一番スタメンで出やすいか?という側面も考える。

僕が選択したのは「不良キャラ」だった。僕が入る前の広告業界はそういう人が多かった

と聞いていたが、入った時にはそのポジションが空いているように見えた。

怖がられて嫌われてしまうリスクは高いけれど、

田舎から這うように出てきて、東京のチャラチャラ広告作っているようなへなちょこ野郎どもに舐められてたまるか?という思いもあった。とかなんとか、とにかく言いにくいことを平気で言うようなキャラでいないと、自分の意見を潰されてしまう。それが嫌だった。

 

交渉ごとを主に請け負うCMプロデューサーという仕事に「不良キャラ」は、結構、有効に作用したような気がする。

図々しいと分かりながら図々しいことをあえて言ってくる人を無言でじーっと睨んだら勝手に向こうが要求を撤回することもある。

やべえ、こいつ怖えーからなあ。というのが作用していたのだ。

時代的にも仲間にするなら不良の方が頼りになる。と思ってくれるお客さんも多かった。

 

自分に都合の悪い事故などが起こった時も、事実関係を確認して、淡々と紐解いていき

さて、これは誰が失敗したんでしょうか?とやった。どんな被害が生じていて、どうやったら修正できるんでしょうか?と強い口調で冷たくはっきり言った。

失敗した人が認めたがらないときは事実の積み重ねで判断して、

お前が下手こいたんだよな?さあどうする?と聞いた。お前の落とし所はどこなんだ?と

自分が悪い場合はサッと引き下がって謝って、どうしたらリカバーできるかをみんなに相談した。

 

都合の悪い事故が起きた時には、感情なんか全く必要ない。

とにかく最短でその事故をリカバーして、予定していたルートに戻す。それしか

考えることはないからだ。それをお前のせいだ、どうしてくれる?なんて激昂しても

なんの解決にも進展にもならないからだ。

その「お前のせいだ、どうしてくれる?俺は知らんぞ」というのが人間の本音だろうなあと思う。だから本音は置いておいて、事実を考えなければいけないのだ。

 

そう思っているんだけど、不良キャラは誤解を受ける。そして損する。

言っていることが本当のことで理にかなっているとしても

言い方が気に食わないと腹をたて、それ以上建設的な議論になることはない。

 

世の中のヘタレどもがわかっていないことは

人間の感情というのは複雑で、言葉面がやさしいからといって相手のことを親身に考えているとは限らない。ということ。

乱暴で突き放した粗野な物言いをする人の方が、深く相手のことを考えていたりする。僕自身がそういう人は信用できると思うし、救われてきたからだ。

乱暴な人間ほど、自分の無力さを恥じるとき、そういう言い方になってしまう。

 

そう言いながらも、最近は、その不良キャラは本当に嫌がられるようになった。

言葉面で優しい言い方を選択しないと、特に若者は耳をパタっと閉じて聞いてくれなくなる。今まで通りやっていたら男の子でも泣かれたりする。

 

そう考えていくと、偏った考えかたではあるかもしれないが

「本音を言いたくない」という若者たちの気分というものは、マスコミや圧力団体や

クレーマーやネットに文句ばっかり書き込む奴らが作り上げた「綺麗事社会」の中にある。

 

未熟な自分が素で本音を曝け出した時に、年長者らの本音の報復を受ける。

その中には自分でも納得できるような自分の問題点も多く含まれているだろう。

事実を突きつけられて、聞きたくもない上司の勝手な自分考察を聞くハメになる。

そんなことで言い合いになってさらに指摘されて傷ついたら、本当に嫌な気分になる。

 

僕は、自分の問題を解決したいわけじゃないんだよ。言われたことをやるだけさ。

自分の問題を他人から見せられるのはまっぴらごめんだね。見せられたくないんだよ。

そこまで仕事に僕の人格あずけれないですよ。

 

と言っているように見える。

個人の人格と組織的な人格は分けた方がいいよ。としか言えないのです。

 

プロフィール
CMプロデューサー
櫻木 光
自分の関わった仕事の案件で、矢面に立つのは当たり前と、体と気持ちを突っ張って仕事をしていたら、ついたあだ名は「番長」。 52歳で初めて子どもを授かったのでいまや「子連れ番長」。子連れは、今までとは質の違う、考えた事も無かった様な出来事が連発するような日々になったけれど、守りに入らず、世の中の不条理に対する怒りを忘れず、諦めず、悪者だけど卑怯者にはならない様に生きていたいと思っております。

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