毛皮のビーナス
- ミニ・シネマ・パラダイスVol.30
- ミニ・シネマ・パラダイス 市川桂
師走の12月。慌ただしく年末進行していく仕事、 冬の風は冷たくて、心も身体もすっかり冷え込んでいて、お疲れ気味。なので、 「オシャレして出かけよう!」という気にならない・・・良くないスパイラルに陥ります。 とはいえコラムもあるので、何か観ないとと思っていると、 ちょうど好きな監督のひとり、ロマン・ポランスキーの新作がやっていたので、 とても寒い風が吹く中、よたよたと有楽町のヒューマントラストシネマに向かいました。
早めに着いたので、近くの有楽町マルイなんかを巡ってみましたが、 前述通り、お疲れ気味が続いていて、なんだかテンションが上がらない・・・。 そんな気分で映画の上映時間を迎えました。
ロマン・ポランスキーは80歳を迎える巨匠です。 監督について簡単に説明すると、 ポーランド出身、今はフランスを拠点にしています。 父親がユダヤ教徒だったため、第二次世界大戦中、ユダヤ人ゲットーに入れられ、 父親は強制労働に、母親はアウシュビッツで虐殺、自身も終戦まで各地を逃げ延びます。 そんな強烈な幼少期が彼の作品に強く影響を与えていて、 私の好きな彼の処女作「水の中のナイフ」でも、 ヨットという閉ざされた空間での緊張感のある人間同士の葛藤が、 モノクロの鋭利で美しい映像によって描かれています。 (彼はどんよりとした曇り空をいつも見ていたのだろうなーと想像します。) 「戦場のピアニスト」などで有名ですね。
さて、「毛皮のビーナス」は監督の80歳にしての最新作。 同名の小説を題材とした舞台の脚本家トマと、その舞台のヒロインのオーディションを受けにきた女優ワンダとが、オーディションを通して、物語と現実が曖昧となっていきます。 小説家マゾッホ(「マゾヒズム」を作ったひと)の作り上げる世界は、屈折した幼少期を過ごしたとある小説家が、訪れた田舎のホテルで出会った年若い未亡人のワンダに、精神的な奴隷になりたいと懇願する、男女の愛をSM的に切り出したもの。 そのオーディションを通して、二人の役どころと現実の二人が混ざっていき、 果たしてこの性癖は役柄なのか、本人なのかまるで分からなくなります。 無名の女優は、とてもガサツで自由奔放。しかしワンダを演じさせると、知的で美しいワンダそのもの。トマはだんだんとそんな彼女に翻弄され、Mっ気を開花させていきます…。
ワンダを演じたのが、 ロマン・ポランスキーの実際の妻である、エマニュエル・セニエ。 後で調べて48歳と知ったのですが、とにかくセクシー! 謎めいていて、色気もあるのに、自由奔放さには可愛らしさも感じさせます。 強い目力と、赤いリップの唇に、女の私でも虜になってしまいそうでした。笑 二人の登場人物と、古い劇場という閉ざされた空間。最小単位の要素だけなので、 演じる二人の役者が魅力的でないと成り立たない作品。 トマ役のマチュー・アマルリックも良いですが、 女性を中心に据えた結末もあり、後味は完全にワンダに持っていかれます。 これ、観終わった後、男性はヘロヘロに疲れ、女性は元気になるんじゃないでしょうか。
映画を観る前は、疲れ気味だった身心ですが、 単純なものなのか、ワンダの持っているエネルギーを全身で受け止めて、すっかり気分は上がっていました。 疲れているときこそ、やっぱり映画ですね~。
Profile of 市川 桂
美術系大学で、自ら映像制作を中心にものづくりを行い、ものづくりの苦労や感動を体験してきました。今は株式会社フェローズにてクリエイティブ業界、特にWEB&グラフィック業界専門のエージェントをしています。 映画鑑賞は、大学時代は年間200~300本ほど、社会人になった現在は年間100本を観るのを目標にしています。