第36回 Valencia – ファンタシー それとも現実?
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今回はスペインのバレンシアから。地中海に面し、人口はスペイン第三位の都市。聖杯を保有する大聖堂、世界遺産に登録されている15世紀に建てられたラ・ロンハ・デ・ラ・セダ (絹の商品取引所)などがあり、バレンシアがかつて地中海でもっとも重要な都市の一つであったことを忍ばせます。
Valencia-Estacio Del Nord駅から徒歩数分、市の中心にあるMuVIMへ。 MuVIMは18世紀から現代までの写真、デザイン、広告、映像、ネットアートなどのメディアアートを紹介する美術館。 残念ながら役者さん達に導かれて進むインタラクティブな常設展、Adventure of Thought は現在改装中。
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パンズ・ラビリンス (2006) で使われていたコスチューム
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El laberint de la Fantasia 展
企画展示の一つ、El laberint de la Fantasia 展に入ります。先ず目に入るのが Guillermo del Toro(ギレルモ・デル・トロ)監督のスペイン映画、 パンズ・ラビリンス (2006) で使われていたコスチューム。アカデミー賞をはじめ数々の映画賞に輝いた内戦後のスペインを描いたダークファンタシーで、日本では2007年に公開されているので覚えている方もいらっしゃるかも?ここに展示されていたのは、デル・トロをはじめ、スピルバーグ、ピーター・ジャクソンなどの後世の映画監督らに多大な影響を与えたバレンシア生まれの画家でイラストレーターのJosep Segrelles (1885-1969) の膨大な作品群。
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El pot de vidre (1929 ) ©Josep Segrelles
屋敷の中を飛び回るエイリアン達。60-70年代の絵画かと思えば何とおよそ90年前の1929年の作品でびっくり!
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...la serpiente le contesto -también a mi admira- hermosa Eva…(1918) © Josep Segrelles
蛇に唆(そそのか)され、禁を破って善悪の知識の実を食べてしまうイヴ。17世紀英国の詩人、ジョン・ミルトンによる旧約聖書の“創世記"をテーマにした壮大な叙事詩、“失楽園 (1667)" の挿絵。1918年作。
セグレリェスは国内のみならず、ロンドンやNYの出版物をはじめ、海外の多くの挿絵も担当していて、岩波少年文庫のドン・キホーテも実は彼の挿絵だったりします。
美術館をはじめ、街を歩くと公共の施設はどこへ行ってもスペイン語とバレンシア語の二重表記があり、内戦からフランコ独裁時代の30年の長い間、バレンシア語が禁じられていたという歴史の複雑さが伝わってきます。
大聖堂の前でサルサを踊る地元の人たちの脇をぬけ、市民の台所の中央市場を通り越し北へ、1989年に建てられたスペインで最も古い現代美術館、IVAMに向かいます。7つあるギャラリーの一つ、Woeful Weapons展に入ります。時代は異なりながらも戦争をテーマに強烈なヴィジュアルメッセージを送り続けて来た二人の作家、バレンシア出身のJosep Renau (1907-1982)とアメリカ人のMartha Rosler(1943生)。ここでは二人のフォトモンタージュ作品を中心に展示中。
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Hiroshima Maternity, The American Way of life (1964) © Josep Renau
反戦運動をしながら作品を作り続けたルノー。スペイン内戦の終わりにはメキシコへ亡命し、その後はベルリンへ。亡命生活の中1976年にはスペイン代表としてベネチアビエンナーレで “The American Way of life"というフォトモンタージュ連作を発表します。写真はそのベネチアで発表した作品の一つ、Hiroshima Maternity (1964)。
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Cleaning the Drapes. Bringing the War Home (1967-72) © Martha Rosler
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Gray Drape, 2008. Bringing the War Home, New Series (2004-08)
© Martha Rosler
主婦が掃除機でホコリを取りながらカーテンを開くとそこは戦場!こちらはMartha Roslerの“Bringing the War Home(1967-72)"のシリーズ。ロスラーは近年“Bringing the War Home, New Series (2004-08)"としてこのシリーズをふたたび再開しています。丁度上記の作品と酷似したレイアウトの近年の作品を見付けたのでここに紹介します。消費社会を誇りながら他国で戦争を続けるアメリカへの痛烈な批判ですが、私自身も他国に兵を送り戦争をしている国に住んでいるということをもう一度思い出させてくれます。
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THE S'S (2015) ©Francesc Ruiz
部屋中をミミズがのたくっている?のではなくこれはコミック本の中から数千もの“S"という文字を選んで展示したインスタレーション。作品はFrancesc Ruizの“THE S'S (2015)"。 よく見ると一つ一つのエスは皆それぞれ違う。 多くの実験的なコミック本が生まれた、独裁時代の終わりから急激な民主化が進んだ70-90年代のバレンシアで出版されたコミック本の中から“S"を選んだのだとか。そういえば、展示会場の吹き抜けの階段もまたS字になっている!?
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芸術科学都市。建築設計はバレンシア生まれのサンティアゴ・カラトラバと、マドリード生まれのフェリックス・キャンデラ。
さて、ちょっと重いテーマの作品が続きましたが‥。ギャラリー巡りに疲れたら近くの公園へ。 IVAMのすぐ北にある、東西にわたるヤシの木が並びトロピカルな花の咲き乱れる広大な公園は何と全長7km!しかも何故か橋の下?にあります。 実は公園は旧トゥリア川跡。1957年、市内を流れるトゥリア川が大洪水を起こしたため川の流路を市の南側に変える工事が行われ、旧トゥリア川の跡は公園に生まれ変わったのです。更に1996年には旧トゥリア川跡河口に芸術科学都市が建てられました。
地中海性気候で一年中暖かく美しい砂浜もあり、とても歩きやすい都市バレンシア。是非また訪れたいまちです。
Profile of 笠原みゆき(アーチスト)
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©Jenny Matthews
2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。 Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。
ウェブサイト:www.miyukikasahara.com