究極の参加型アート!? 見る者も見られる者も作品 Carsten Höller Hayward Gallery
- London Art Trail Vol.37
- London Art Trail 笠原みゆき
建物の天辺から腸が飛び出たような螺旋を描く巨大なパイプ!?中から悲鳴を上げながら排出される人々!建物は現代美術館Hayward Gallery。Waterloo駅から徒歩5分。
今回の展示はベルギー生まれのCarsten Höller(カーステン・ホラー )の回顧展。タイトルはDecision(決断)。まず驚くのは入り口が二つあることで、しょっぱなから決断を迫られます。AかBか迷った末、Aの扉へ。 中は真っ暗、しかも上り下りがある長く狭いトンネル。冷たい鉄の壁を手探りで伝いながら一歩一歩先へ。(Decision Corridors, 2015)
長いトンネルを抜けるとキノコの森だった! 半分下向き、半分上向きで宙に浮くのは白い斑点をもつ赤いキノコ。 絵本やアニメでもお馴染みの紅白の毒キノコのモビールには手すりがついていて、押して回るとキノコが宙を舞う幻覚に襲われる?(Flying Mushrooms, 2015)
床に積もるのは一体何?ポトリという微かな音で上を見上げると紅白コプセル剤が天井から落ちてきて、3秒ごとに一粒と時を刻む仕掛けに。なんと隣には水飲み場も用意されていてこのカプセル剤を試してみることも!一生のうちに一体どのくらいこういった得体の知れない薬を口に入れるのかとふと考えます。(Pill Clock, 2011/2015)
ホラーは実は農業科学者で昆虫学者。 雄を必要としない単為生殖という方法で子孫を増やすことができるAphid (アブラムシ)。ホラーはこのアブラムシの研究で博士号を取得しています。仔を産み出しているアブラムシの貼り付いた壁はセクションを半分、更に半分と区切りながらベニテングタケの深い赤に徐々に白を混ぜていって彩色した “Divisions(Wall Painting with Aphids), 2015"。
一見何の変哲もない二つのシングルベット。よく見ると各々が昆虫の触覚のような小さなアンテナをもっていて、互いに反応しながらゆっくり移動するロボットベット! お泊まり体験できるということですが、何処で目覚めるかは不明のこのベッド、一泊(二人まで)300ポンドでいかがでしょう?(Two Roaming Beds(Gray), 2015)
サイコロの目から出たり入ったりしているのはチーズの穴を出入りする芋虫ならぬ人間!迷わず私も穴に飛び込みます。小さな子供も楽しめる “Dice (White Body, Black Dots), 2014"。
テムズ川、ウォータールー橋を見下ろす屋外ギャラリー。硬直したまま吊るされてクルクル回っている人、手足をばたつかせしきりに何か叫びながら吊るされてクルクル回っている人、自分撮り(セルフィー)に熱中しながら吊るされてクルクル回っている人。ハングライダーのような“Two Flying Machines, 2015"は実際に乗ってみると、鳥になったようで壮快!とはいえ、鳥みたいに自由に飛べる訳でもなし、宙吊りになってクルクル回っているだけ。見ているとコミカル、乗ってみると楽しい作品。
反対側の屋外ギャラリースペースへ。右にも左にも近未来的なゴーグルをつけ、ゾンビのようのふらふらと千鳥足で歩く人々が目に入ります。インストラクターに従いどっしりと重いプリズムレンズの付いたゴーグルを装着してみると。ロンドン•アイが足下に、自分の足が頭の上にと天と地が逆転! 船酔いをしたような気分で立って歩くのがやっと。ホラーの初期の作品 “Upside Down Goggles, 1994/2009"で、アメリカの知覚心理学者のG.M.ストラットンが1890年代に行なっていた実験を再現したもの。ストラットンによると上下逆転メガネをかけて数日過ごすと、見える自分の体の位置と、感じられる自分の体の位置とが、いつのまにか一致するようになって、普通の生活ができるようになるのだとか。
まだまだ紹介したい作品がありますがそろそろこの辺で出口へ。出口の選択も幾つかあって冒頭で触れたパイプの滑り台、“Isomeric Slides, 2015"もその一つ。異性体(isomer)とは同数、同種類の原子を持っているが、違う構造をしている物質のこと。ここではその滑り台が来場者を外に送り出す機能的な彫刻であるだけでなく、来場者にビルの4階から滑り落ちていく恐怖と快楽を味わって貰う作品でもあるという多面性を表しているようです。さて、その滑り台はというと。想像以上に急で足がすくんだ思ったものの、エコーする悲鳴もあっという間の10秒間、ギャラリーの外へ。
来場者も彼の作品の一部だと言い切るホラー。ギャラリー全体が彼の実験の場となり、その対象となる来場者。いわゆるコンセプチュアルアートのように解説を読まないと理解できないということはなく、来場者に楽しく体験してもらう参加型娯楽アート。一見取っ付きやすそうですが、作品の中には健常者でないと参加できない、楽しめないものも多く、そういった意味では課題を残しているとも言えます。
Carsten Höller展は9月6日まで。Hayward Galleryはこの展示を最後に修繕、改装のため二年間閉館する予定です。
Profile of 笠原みゆき(アーチスト)
2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。
Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。
ウェブサイト:www.miyukikasahara.com