麻布十番の焼き肉屋で
- 番長プロデューサーの世直しコラムVol.103
- 番長プロデューサーの世直しコラム 櫻木光
先日、会社の外で打合せがあって、久しぶりに麻布十番で終わったので 昔、よく通っていた焼き肉屋さんで晩ご飯を食べようと思ってその店に行きました。
店に入るとなんか変。 お客さんはいっぱい居て、それぞれ、じゅーじゅーと焼き肉を焼いているんだけど、なんか変なのです。みんな無言。
適当に空いている席に座って、注文をとりにくるのを待っていましたが一向にその気配すらない。ん?どうしたの?
すると店の奥で怒鳴り声が聞こえたので、そっちを注意してみたら、何となく雰囲気が変な原因がわかりました。
一番奥のテーブルで、初老の男女の客が店のママさんにクレームをつけている。 何があったんだろうと聞いていると、なんだかそこの席の真上にあるエアコンからゴキブリが落ちてきて、気分が悪いからこの店を閉めて保健所に検査させろ。という様な事を怒鳴っている。
あ〜あ、なんだかなあ。久しぶりに来た、元行きつけの店に入ったら、またこんな事に遭遇か。なんでこういうとこにばっかりあたるんだろう?ゴキブリがふってきたことはないけどね。仕方ない、ちょっくら成敗してやるか。と。
iPhoneのムービーを録画にして、奥の席に近い席で座り直して、録画しながら、どんな顛末なのか黙って勝手に聞いてみた。
初老の男女は身なりもちゃんとしていてヤクザには見えない。チンピラでもない。男は半ズボンに白いポロシャツ着て、紺の麻のジャケット、素足にローファーみたいな格好。背が高くて痩せていて日焼けしている。ゴルフの帰り?一見金持ち風。女の方は、首にスカーフを巻いたまま、焼き肉屋のエプロン着て、文句を言いながらむしゃむしゃ食べているので、どんな格好かはわからない。
店のママは、そいつらに、ゴキブリが出た事でものすごく怒鳴られている。
そいつらの言い分は、
- 焼き肉を食べていたらゴキブリが落ちてきた
- こんな不衛生な店は、今すぐ営業を停止しなければいけない
- いますぐ保健所に電話して係の人間を呼べ
- 呼ばないなら保健所には知り合いがいるからこっちから電話してやる
- ゴキブリが落ちてきた時、おしぼりでさっとゴキブリを片付けた店員の態度が気に食わない。謝りもしない
- 今後一切こういう事は起こしませんという念書を書け。(ママは念書を書かされている)
- その念書にはこの店の社判を押せ
と。
近くのテーブルで食べていた外国人の客の集団に向かって、わざわざ英語で、「この店はゴキブリが出る様な不衛生な店だから食べない方がいいぞ」みたいなことをわめき散らしている。 「お代はいりません」といったママの言い方が気に入らないと言って怒鳴り、「お代を頂く訳にはいきません、申し訳ありませんでした」と言え。と強要して何度もママに復唱させたりしている。 それに加えて、ママの運転免許証と保健証書をコピーしてよこせ。といいだした。
こりゃあ、完全なモンスタークレーマーだな。チンピラじゃなさそうだし。
と、そこで、iPhoneでムービーをとっている僕に気がつき、その男がこっちにやってきた。 「なに撮ってるんだ、この野郎!」 これで僕は我慢ができなくなった。
「あのー、撮られたらヤバい事でもしてるんですか?へへへ」 「口を挟んで申し訳ないんですけど。僕はこの店の常連客で、よく来るんですけど、今日も焼き肉食べにきたんですけど、注文も取りにこないのでなんかあったのかなあ?と思って、さっきから話を聞かせてもらってました。録画しながらね。あのね、ゴキブリが出たのは嫌な事だとは思いますけど、常連の僕だって嫌な気分になると思うんですけど、平たくいうと、たまたまでしょ? そもそも言ってることがちっちゃくないですか? たまたまの事にそんなに怒られても誰も対処の仕様はないと思いますよ。 飲食店なんでゴキブリが出る事もありますよ。あなたの家にもいっぱいいますよ実は。ゴキブリだから。それでもそんなにゴキブリが嫌ならゴキブリのいない星に行った方がいいですよ」
それを聞いて女の方が口を開いた 「この間ね、はじめてこの店にお邪魔したんですけど、とってもおいしかったので、またこようね〜なんていって、楽しみにしてきたんですよ。それがこれでしょ?とっても残念で仕方ないんですよ。店員の態度もおかしいし、謝りもしないでさっさとゴキブリ片付けちゃうからいつもの事なのかなあ?と思って、、、」
「まあ、それで念書書かすとか、店閉めろとか、保健所呼べとかいう話にはならないですよね。感情と事実は分けましょうよ。あなたの店への期待はさておき、事実はゴキブリが出た。それだけですよね。そういう場合の飲食店での態度は、一言文句言って、もう何も食べないでサッと帰って二度と来ないか、一言文句言って、でも気にせず楽しく食べるかどっちかだと思うんですよね。ここには他にもお客さんがいて、それぞれ楽しく晩ご飯を食べてるわけで、たまたまゴキブリが落ちてきたかわいそうな人の不幸を分けてもらいたくないんですよね。いちいち騒ぐなよ。店に対してだけ話をしてると思ってるんでしょうけど、早い話が他の客からすると迷惑なんですよ、あんた達のねちねちした態度は。立場的に無抵抗な人間をいたぶるなよ。一回言えばわかるだろう。ついでに言うとその店員はミャンマーから来たばかりで日本語下手なんだよ。なんて言っていいかわからなかったのさ」
すると、僕が誰でどんな人間なのか必死に値踏みしていた男の方が一言言いました。 「お前には関係ねえ」
「関係ねえだと?お前は馬鹿か?俺は常連客で、ここで焼き肉を食べるのを楽しみにして来てるんだぜ。それをお前らの気分晴らしのために、店の奴らがつき合わされて、注文すら取りにこねえし、お茶も出ないんだぞ。多分こんな気分じゃ今日はここで焼き肉食べる気分じゃなくなるしな。お前にゴキブリが降ってこようがこまいが、それこそ俺には関係ないんだよ。腹が減って、肉食いたいだけだからさ。それをお前だけが邪魔してるんだぜ。関係なくねえだろうがよ。それくらい理解しろよ。お前のための世界じゃねえんだからさ。何が保健所だよ。何の権限があっててめえはそんな事ぬかしてんだ?」
その男 「どうでもいいけど、さっきお前、録画してたよな。それをネットにあげたりしたら法的措置を取るからな」 「法的措置ってどんなそちなんすかね?そういう言葉をつかったらビビるとでも思ってるんすか?じゃあ今から警察呼んできますからはっきりさせましょうよ。あんた、コンビニの店員を土下座させてんのとあんまり変わんないからさ。捕まるんじゃないの?さっき念書とか書かせてたし。ばっちり証拠も録画してるしね。何回も同じ言葉で謝らせてたし、まさにモンスタークレーマーだからね。」
とかなんとか言い合っていたら店のママが割って入り 「お客さん、ありがとうございます。もういいです。ゴキブリが出たのは事実ですから、飲食店としては失格です。今後気をつけますから今日は勘弁してください。とにかく、お代は結構ですからお引き取りいただけますか?あ、お代を頂く訳にはいきません、申し訳ありません。だったかな?」
クレーマーは 「いや、お金払わないとそれが狙いみたいに見えるのは嫌だから払います」 「いりません」「払います」の押し問答があって、 「じゃあ半額払ったら?」と僕が笑いながら言ったら、キッとにらまれた。 で、僕に向かって 「さっきの動画、ネットにあげたりしたらとんでもない目にあわすぞ」
「俺が誰だかわかんないのに、とんでもない目にどうやってあわせるんだかね。しかし、そんなにネットにあげられるのが嫌なんですね。こんだけ顔がはっきり写ってればお前の名前も住所も調べりゃわかるしな。俺がどうするかは今後のあんたの出方次第だろうね。面白い動画だからさ。楽しみですね」とお返事しました。 そしたらすごすごと帰って行かれました。結局1円も払わずに。
そいつらが帰ってから、店のママは、各テーブルを謝って回っている。客がそれぞれ「ママが悪いんじゃないよ、大変だったね」といって慰めているから、ママがわんわん泣いている。悔しかったんだろう。一時間くらい文句を言い続けていた事になるみたい。飲食店って大変だなあと思った。
お客様は神様です。という意識はこうなってくると、考え直さなければならないだろう。
お客様は神様だが、お前なんか客じゃない。
と判断するレベルを事前に個々に決めてから商売しないといけない。 モンスタークレーマーみたいな人間のおかげで、その仕事自体が嫌いになってしまうような嫌な事が起きるようになってきたからだ。 理不尽なクレームが「お前なんか客と認めない」というレベルに達したら逆ギレしてもいいのです。 本当に世知辛い世の中になってきた。息苦しい。
しかし、モンスタークレーマーは馬鹿だからさておき、そういう騒ぎの中で知らん顔してよく焼き肉焼いていられるもんだなあと、他の客に腹が立った。なんか言えよ。相手が何者だったとしても関係ないじゃないか。楽しく晩飯食うのを邪魔されている訳だから全力で怒るべきだ。
クレーマーが帰ってから 「何だあいつら、気分悪いなあ。無銭飲食が目的だなありゃ」とか大声で言いだす奴らに、現在進行中に言えよそんな事。と思う。 かっこわるいと思わないのか?と。
Profile of 櫻木光 (CMプロデューサー)
プロデューサーと言ってもいろんなタイプがいると思いますが、矢面に立つのは当たり前と仕事をしていたら、ついたあだ名が「番長」でした。