テレビジョンセンターで見たモロッコの夢? Ben Rivers
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- London Art Trail Vol.39
- London Art Trail 笠原みゆき
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テレビジョンセンター。現在では再開発プロジェクト名となっている。
西ロンドン、ホワイトシティのBBCテレビジョンセンター。1960年~2013 年まで、 世界最大級のTV番組のスタジオ施設を誇ったBBCの本部が置かれた建物も今ではもぬけの殻。再開発の進むテレビジョンセンターの跡地にて行なわれていたBen Riversのアートインスタレーション, “The Two Eyes Are Not Brothers (2015)" を今回は訪れました。地下鉄White City駅から徒歩1分。このコラムで幾度か紹介しているアートエンジェルのコミッション作品。
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地下のドラマブロック。先に矢印が見える。
車両入り口から歩行者用の通路を抜け、鎮座する瓦礫やブルトーザーを金網の穴の間から流し見しながら進むとセンターのドラマブロックへ。受付で地図をもらい、紅地に骨のように白く浮き上がる矢印に導かれ、鉄筋の階段を下りていくと、目の前には木片や、木パネルが打ち付けられた奇妙なスタジオが中央に現れ、中から風のうなりにまぎれ人の会話が聞こえてきます。 木片には“120cmの長さに切ること“などといった指示が書かれていたり、木パネルの上には本物レンガのように見える壁紙など様々な壁紙の切れ端が貼付けられてあったりと、それらがかつて撮影のセットに使われていた材料であったことが伺えます。
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A Distant Episode ©Ben Rivers
中に入るとスクリーンに赤褐色の廃墟、馬にまたがってやってくる人々、音楽を奏でるものにあわせ、鎧のような金属の衣を付け踊らされる男。
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©Ben Rivers
この衣装に見覚えが?と外に飛び出すと、その先の暗がりの鉄格子の中に浮かび上がるミイラ!ではなくて、竜の鱗のようにキラキラとしたブリキ缶の蓋を繋いだ衣装が。映像はリヴァーズの未編集の映画“A Distant Episode"の一部。モロッコのタンジールに移住したアメリカ人作家のPaul Bowles (1910-1999)の同名の短編小説(1947年出版)を基にしたもので、 物語は、砂漠の村を訪れたあるヨーロッパ人の言語学者が、村の茶屋で出会った男に砂漠に導かれて置き去りにされた後、先住民に見つかり舌を切られ、金属の衣を着せられ玩具として売り払われて‥と続きます。
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©Ben Rivers
会場は薄暗く、キョロキョロしているとまた白い矢印が現れ、脇の小部屋へ促されます。夜光虫のように緑に光るボタンを押すと映画がスタート!「私が、タンジールでウエイターとして働いていた時の話で‥」おじいさんの巧みな話術に引き込まれていくうちに「そこで、その女性に短い冗談を話しましょうといったんだ。」と、おじいさん。体験談を聞いていたと思っていたのが一気に古い伝承の世界へ。おじいさんは実はボウルズの友人の画家で語り部のMohammed Mrabet(現79歳)。ボウルズも感銘を受けたというマラベットの語り口は今も健在の様子。
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©Ben Rivers
最初のスタジオをぐるりと廻って反対側の入り口へ。こちらもまたモロッコを舞台にした映画。積み上げた段ボールを断崖絶壁から落としたりと映画制作の現場風景を撮ったものでしかもリヴァーズの作品ではなくOliver Laxeの映画、Les Momosasの撮影をリヴァーズが撮影するという二重構造。ラックスは実は役者でもあり、先述の“A Distant Episode"では金属の衣を付け踊らされる言語学者の役を演じています。
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旧塗装室
鉄格子の鎧の後ろの細い通路を通り抜けると奥に鉄筋の階段が見えてきます。ゴトン、ゴトンと誰かが先に階段を上っているというより、石の棺を少しずつ開けてようとしているような音が聞こえてきます。音の主は Pere Portabellaの実験的映画 “Vampir Cuadecuc(1970)"のサウンドトラック(Carles Santosの音楽)。音に追い立てられるようにして階段を上り詰めるとキーファーの絵画の世界に迷い込んだような壁から天井まですべて幾重もの塗料の層で覆われた部屋に!それもそのはず、ここは旧塗装室。様々なTV番組や映画のセットがここで塗装されたのでしょう。
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©Ben Rivers
空間は明るくなり、地下の階にあったスタジオのようにここにもまた木片で組まれた砦のようなスタジオが現れます。
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©Ben Rivers
中に入ると映像は宇宙飛行士が海から上がってきて‥とシュールなスタート。Shez Dawoodが映画 “Towards the Possible Film"(これもまたモロッコで撮影)を撮影する様子をリヴァーズがモノクロ撮影したもので、カラフルなダーウッドの作品とは全く別の作品に。 元BBCテレビジョンセンターというロケーションを生かし、メイキングオブ、制作過程にこだわったリヴァーズのインスタレーション。“A Distant Episode"の話を軸に空間と人や、話や映像が、まるで夢の断片のように繋がっています。さてこれらをどう一つの映画に仕上げていくのか。“The Two Eyes Are Not Brothers"の最終映画※自体も来月半ばにBFIにて公開される予定なので楽しみです。
※最終映画のフルタイトルはThe Earth Trembles And The Sky Is Afraid And The Two Eyes Are Not Brothers
Profile of 笠原みゆき(アーチスト)
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©Jenny Matthews
2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。
Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。
ウェブサイト:www.miyukikasahara.com