原風景
- 番長プロデューサーの世直しコラムVol.105
- 番長プロデューサーの世直しコラム 櫻木光
先日、あるトークショーを見に行って、「原風景」の話題になりました。 70年代の原宿をテーマにしたトークショーで、その場合当時の「原宿」が原風景たりえるのか?という話し手の方達のやりとりだったのですが、その「原風景」という言葉がやけに気になって頭から離れなくなりました。
まず、この「原風景」という普段あまり気にしていなかったこの言葉が魅力的に聞こえた事。だけど言葉の意味が曖昧で、自分の中に明確な解釈が見つけ出せないという事。だったら自分の原風景ってどこなんだ?(どんな風景なんだろう?)ということを考え始めて、引っかかったんだと思うのです。
検索サイトで「原風景」と入力して調べてみると、いろんな意味合いの事が説明として出てくるけど、今ひとつ腑に落ちる表現はない。 とりあえず書いてある事を引用すると
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人の心の奥にある原初(一番最初)の風景。原体験から生じるさまざまなイメージのうち、風景の形をとっているもの。
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今はなくなってしまった、子供の頃の記憶のような風景。様変わりした現実の風景に対して、本来そうであっただろう、懐かしさを覚える風景。
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人それぞれの、感性の基礎となる景色。
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人がある程度の年齢に至ったときに最も古く印象に残っている風景やイメージ。
という様な事が書いてあるが、いまいちピンと来ないのである。そんなざっくりとした事ではなくて、もっとセンチメンタルでメランコリックな事だと思うからです。少しキュンとこないとだめだろう。
いろいろ考えているとき、矢沢永ちゃんが横浜の日産スタジアムのコンサートの途中で話し始めた話を思い出しました。横浜についての思い出の話でした。
――― まだ、デビューする前の“何者でもない”時、横浜を歩いていたら小高い山があって、何も考えずに登って行ったら公園があって、ただのコンクリートの箱の様な展望台があった。まだ三月の寒い頃。その展望台に登ったら、下から風がウワッと吹き上がってきて、寒くて不安になった。「俺はこれからどうなって行くんだろう?」と、横浜が一望できる野毛山の公園で「俺は何者かになれるだろうか?」と心配になった。その時の気持ちと景色が忘れられない。その後も寂しくなったらそこに何度か行きました。次に来た時はポルシェで来ましたよ。あー、ここで、なんだか不安な気持ちになったんだよなあと思い出しました。 ―――
という様な話だったと思う。 この話は「原風景」そのものなんじゃないかと思ったのです。 というか、ネットで調べたら出てくる様な解釈ではなく、こういうことであってほしいと思ったのですね。なぜかはわかりませんが。
この言葉については、それこそ本当に人それぞれの原風景があるのだと思います。辛い思いをしたことが原風景になる事もあるだろうし、楽しかった思い出がそのまま原風景の人もいるでしょう。映画のテーマみたいで答えはないんでしょう。定義付けすらできないのかもしれない。 ただ、自分の「原風景」を明確に持っておいた方がいいような気がするのは何故でしょう?
今月はめんどくさい事をテーマに選んじゃったなあ。難しいです。
僕の原風景はどんな風景なんだろう。 永ちゃんの話を例に考えてみると、僕にも思い浮かぶ光景はある。
浮かび上がってくる自分の原風景は、福岡の予備校で浪人していた頃、晴れた日の予備校の寮の屋上で洗濯していた風景なんじゃないかと思うのです。
当時、バスケで推薦入学が決まっていた大学を怪我や問題で棒にふり、急遽勉強し直して試験を受けてどこの大学にも入れず、打ち拉がれて予備校に入学して、はじめて親元を離れて暮らす事になりました。不満だらけでした。
予備校の寮というところは、負け犬の集まりで卑屈な奴が多く、飯はクソまずく、部屋は3畳くらいの狭い部屋で、壁や家具は全部グレー。風呂は一日おきで、門限が夜の8時。不満の溜まった思春期の男が150人。出るころは仲間もできていて楽しくなっていましたが、入った当初は刑務所に入ったらこんな気分なんだろうなあと思うくらいの悲惨な気分でした。
そんな場所だけど、広い屋上があり、そこに洗濯機置き場と物干があって、晴れた日は溜まった洗濯物を洗って干して、屋上で寝っ転がってタバコをふかしていると、その晴れた空に浄化されるようにチョッとだけ嫌な気分が晴れる、みたいな場所でした。
今考えると恵まれた不満なんだけど、バブルの東京で大学生になれなかった挫折とあせり、はじめて親元から離れて、常識として知らない事が多く、自分の無知さを突きつけられたり、また、生まれ育った場所ではない、知らない人たちと関係性を作り直さなければいけなかったり、殴り合いのケンカしたり。男からラブレターをもらったり。次の年の受験まではあっという間なんだけど気が遠くなるほど長い一年で、合格できるか?という不安とともに基本的には複雑で憂鬱な毎日でした。
その屋上で洗濯していて出会った3浪の医学部志望の不良の先輩が何ともたくましく、タバコをあげるかわりに勇気をもらったりした覚えがあります。
何年か前に福岡にロケでいったとき、夜中にホテルを抜け出して、その寮を見に行った事があります。場所はかわらないけど新しい建物に建て変わっていてがっかりして、一人で屋台で飲んで帰りました。 医学部志望の3浪だった先輩は、いまは東京で、有名なニュース番組のディレクター。いろんな不条理と戦い続けていて、今もたくましい。CM作っている奴は軟弱にみえるらしく、未だに叱られたりします。
という感じで、僕の原風景はやっぱり「福岡の予備校の寮の屋上で晴れた日に洗濯してるときの景色」です。自我を形成するのに一番大切な時期だったんでしょう。 昔は良かったと言いたい訳ではありません。確実に今の方があの頃よりいいから。自分が小便臭かったころがなんともみっともなく、情けなく、かわいいからでしょう。思い出すとうわっと恥ずかしいけど、同時に必ずあの晴れた日の屋上のイメージがついてきます。それは、あの頃より確実に良くなったはずの現在に生きづらさを感じて、それが何故だか説明がつかないときになんかの拍子に思い浮かぶということなんじゃないでしょうか?
それが「原風景」であってほしい。
あなたの「原風景」はどんな風景でしょうか?暇なときに考えておくのもまた面白いと思いますよ。
Profile of 櫻木光 (CMプロデューサー)
プロデューサーと言ってもいろんなタイプがいると思いますが、矢面に立つのは当たり前と仕事をしていたら、ついたあだ名が「番長」でした。