恨み言のメールが届いていた。
- 番長プロデューサーの世直しコラムVol.106
- 番長プロデューサーの世直しコラム 櫻木光
「あの仕事、演出は○○さんになったそうですね。 ひどいですね。 私の企画で、競合勝ったのに。 社内で、別の演出を立てるつもりなら、 最初から、その人に企画やってもらってください。 私が企画をやる意味がありません。 ○○さんの演出作品を増やすために、私は企画やってるわけではないので。 もう少し、企画演出部の人間の立場を考慮してください。」
ある朝、会社に来ているメールをチェックしていたら、こんなメールがCCで入っていてぞっとしました。 メールを書いた人は、社内の企画演出部の若い女の子のディレクター。送った先は、僕の仕事をやってくれている、これまた若いアシスタントプロデューサー。 ありゃあ、こりゃあ大変だなあ。いやな話になってる。
すかさず、アシスタントプロデューサーに電話して聞いてみました。 「何がどうなってこうなってるのよ?」
事の経緯はこうだった。
代理店から競合プレゼンの仕事をいただいた。 社内の若い女の子のディレクターを起用して企画を立てた。 運よく、その企画が通り、正式にプレゼンされることになった。 そしたら、また運よく、競合プレゼンに勝利して、その企画が採用され 実際にCMを作れる仕事になった。
ここまではいい話である。
代理店のクリエイティブと、実制作では演出家は誰に任すのか?という話になる。 アシスタントプロデューサーは当然、通った企画を考えたその若い女の子のディレクターが演出するのが一番だとお勧めする。 じゃあ、改めて彼女の作品集を見せてください。という話になる。
若いディレクターの作品集は当然作品数が少ないし、小さくてせこい仕事が多い。 しかも、この場合、企画は技術的に複雑な要因の多い、撮影も編集も、労力のかかるテクニカルな企画になっていた。
作品集をみた代理店のクリエイティブは、そのテクニカルな表現に沿った作品が彼女の作品の中に無いから心配である、という意見。この人でできるのか?と。 そして必ず、ほかに候補はいないのか? という流れになっていく。
アシスタントプロデューサーは、困ったなあと思いながらも、代理店クリエイティブの要望にこたえるべく、しかし、予算やスケジュールを考えて、社内でそれらしき仕事の経験のある、ほかのディレクターの作品集を持っていって見せることになる。 すると嫌な予感の通り、改めて持っていったディレクターに決定してしまった。
という経緯である。
こんなことになってほしくないのだが、たまにある典型的な嫌なディレクターの決定の様相である。
そこで、冒頭のメールが送られてくるのだけど、なんでここまでこじれちゃうのよ?と。
このアシスタントプロデューサーはとても大きなミスを犯していたのです。 このディレクター決定の経緯を、若い女の子のディレクターに報告して説明することをしていなかったのです。アシスタントプロデューサーは言いづらいことを言うのが苦手。どう伝えようか悩んでいるうちに時間がたっちゃうタイプ。いい奴なんだろうけど、タイミングを逸してしまうとめちゃくちゃ悪い奴になってしまう。
彼女は当然、自分で演出すると思っているところを、これまた、他の人から別の演出家に決定したことを聞いてしまう。そして激怒して冒頭のメールを送ってくることになる。
それに対して、アシスタントプロデューサーはこんなメールの返信をする。
「△△さま
お疲れさまです。 事後報告になってしまい、申し訳ないです。 僕の力及ばずということです。 もちろん△△さん押しで提案しました。 そこは信じてください。 △△さんの企画に何度も助けられてますし、 また、演出に繋げられるもの、 ご協力いただきたいと思っております。 引き続きよろしくお願いいたします。 なんだか女々しいメールですね。 精進します。よろしくお願いします。」
時すでに遅し。 すると、すかさず、ディレクターからの返事。
「ほんとに<申し訳ない>と思ってる人とは思えないタイミングですし、 言われるまで何も言わない態度も、ほんとに<申し訳ない>と思ってる人の態度とは思えません。
今後はどうぞ、他の人に頼んでください。 うちの会社には優秀なプランナーもディレクターもたくさんいるので。」
そうなるよねー。 もう完全にコミュニケーション不全。こうなっちゃうと取り返しがつきにくい。 どうにかすると一生関わってくれないかもしれないのです。
コマーシャルを作っていく中で、こういう失礼な話をよく見かける。 若いころ自分も似たようなことをうっかりやったことがあり、平謝りに謝った覚えもある。
人にものを頼んだら、それがどうなったかも最短時間で結果を報告するのは 義務であり礼儀である。 頼むときだけ必死になって頼んできて、その後はどうなったのか?なしのつぶて。 そういう奴は、ディレクターだけでなく、いろんなスタッフにもそういうことをする。
「最近の若い奴」は平気でそういうことをする。「最近の若くない奴」もやってるのかも 知れないけど。そういうことにはやっぱりちゃんと言って聞かせないといけない。 これを怒鳴りつけてパワハラといわれるなら、そんな世界は早晩終わる。 プロダクションのプロデューサーやプロダクションマネージャーは、そうやって 人に頼みごとをする場面がめちゃくちゃ多いので、本当に気をつけなくてはいけない。
やったほうは、ついうっかり程度の気持ちなんだろうけれど、やられたほうはめちゃめちゃ覚えているものだ。 結果をじっと待っていた分、すごく腹が立つし、こいつの仕事はもうしない。、ということになりかねない。ということは、自分の武器を川に捨てながら歩いているようなもんだ。 気がついたら、だれも助けてくれない。 失礼な丸腰野郎になっているかもしれないからだ。そんな奴には仕事は無い。
それが、相手が若いスタッフだった場合、もっと繊細に気を使うべきだと思う。 予算も時間も縮小されていく昨今は、経験の少ない人にトライさせてやろうという気運は今やもう無い。失敗している余裕が無いからだ。 そういうチャンスを失ってしまうと若い奴らは一向に芽が出ない。 企画が通ったりしたディレクターは、演出できる!と思ってすごい期待をしているものだ。 その気持ちを大切にしてあげることをもっと考えたほうがいいと思った。
経験の多いスタッフで周りを固めてやるとか、発注主に安心材料を提供するようなアイデアで、なんとか若いスタッフにもチャンスをあげたい。 自分が引っ張りあげてもらったときの気持ちを次の世代に伝えなきゃいけないからだ。 違う内容の仕事のときのスタッフィングはそれはそれであるのだから。
そういうことを僕のアシスタントだったら考えて欲しかったのが事実である。
Profile of 櫻木光 (CMプロデューサー)
プロデューサーと言ってもいろんなタイプがいると思いますが、矢面に立つのは当たり前と仕事をしていたら、ついたあだ名が「番長」でした。