山本五十六とマグジーボーグス

番長プロデューサーの世直しコラムVol.108
番長プロデューサーの世直しコラム 櫻木光

山本五十六。

この方についての説明の必要はないと思うのですが、太平洋戦争の頃の連合艦隊司令長官だった山本五十六氏には有名な名言が多く残されています。

特に部下の指導についての有名な言葉で

「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人はうごかじ」 というのがあります。

そして、この言葉はこう続くそうです

「話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。 やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。」

びっくりしますね。 この言葉は、まさに今、管理職をやっている自分が考えなくちゃいけない言葉なんですが、上官というものは、戦時中の気合いの入った帝国海軍の軍人さん相手にもこんな事を考えてあげなくてはいけなかったのか?と。

数年前、新人歓迎会で 「僕はほめられたら伸びるタイプです。だから叱らないでください。ほめたら伸びます」と真顔で言った新人がいた。 「まあしかし、よくそんな事をみんなの前で言ってのけるもんだ。恥ずかしくないのかね?弱っちい世代だねえ。」と思った事があるのですが、連合艦隊司令長官ですら「そうしなきゃいかん」という思いがあったのかとびっくりしました。

それはさておき、先日テレビを見ていたら、NHKのドキュメント「奇跡のレッスン」という番組をやっていました。

NBAで選手として活躍した「マグジー・ボーグス」という人が、東京の台東区の公立中学校の弱小バスケ部にコーチをしにくる、という内容でした。マグジー・ボーグスが一週間指導して、最終日には地域の強豪チームに挑戦する、という構成。聞いただけでドキドキします。

タイロン・マグジー・ボーグス。(左)

タイロン・マグジー・ボーグス。(左)

マグジー・ボーグスは、僕らの世代のバスケファンには忘れられない選手。 超有名なジョーダン率いるブルズが強かった時代、主にシャーロット・ホーネッツで活躍した黒人選手。 身長160cm。NBA史上一番背の低い選手。 NBAのチームに2軍もなく、1チーム12人しか契約できなかった時代に、14年間、この小さい身体でプレイし続けた人。 2mのジョーダンがマグジーにボールを奪われるシーンが何度もあり、ジョーダンファンの僕はイライラしたものです。

現役引退後は、WNBAという女子のプロバスケリーグや高校の監督、今はNBAの親善大使として世界中の子供にバスケを教えて回っているようです。

この人の指導法と言葉には驚くべきものがありました。

弱小チームで自分たちに自信を持てない中学生に、まず、こう言います。

「シュートに自信がないみたいだね。 自信を持つためには正しい技術を学ばなければいけないね。 自分の強さと弱さについてしっかり考えてほしい。 弱さを乗り越え自分 の可能性を磨いて行こう。 バスケットボールは60%が技術、40%がメンタルです。しかしメンタルの強さは教えられるものではありません。 正しい情報を教えてあげて、子供たち自身がそれを正しく使う事で鍛えられるのです。」

子供たちから、「どうやってNBAの選手になり、選手であり続けられたんですか?」という質問に対して

「運命は自分でコントロールしなきゃいけない。それには『すべては可能なんだ』というマインドセット=意識付け、が必要だ。 僕はNBAでプレイなんかできないって、僕以外の全員が口を揃えて言ったよ。無理だ、諦めろってね。だけど、それは僕の夢だったし、僕だけはできると信じていたんだ。 人はみな最高の人生を送るべきだ。でも自分自身がそれを信じないと意味がないんだよ。」

そして、日頃このチームを指導している先生が、「教えても教えてもできない子供たちにフラストレーションがたまったりイライラしたりしませんか?」と質問したときにボーグスはこう答えます。

「子供たちに間違えがあればきちんと伝える事が大切です。しかしそこにフラストレーションはありません。彼らに理解してほしいのですから、わかってもらえるまで辛抱強く繰り返します。自分の不満は子供に伝わり、彼らもそれを感じます。チームに求める性格をコーチ自身が備えなければいけません。 子供たちは学校を映し出し、アナタ自身を映し出しているんですよ。

彼らはやっている事が正しいかどうかを常に気にしています。それを教えてあげる事で信頼関係が出来上がって行くのです。ネガティブな事ばかり聞かされていると彼らの思考もネガティブになります。ほめる事をわすれてはいけません。

新しい情報を与えると子供の目は輝きます。大人は子供の興味とやる気に対して寄り添って、サポートしてやるといいですね。」

ボーグスに指導された子供たちは、まずやる気を出して笑顔になっていき、コツをつかんで、めきめきバスケが上手になって行きます。 なんかね、キラキラしだすんですよ。それがテレビを通してもわかるくらい。 たった一週間でこんなに変わるのか?というほどの変化を見せてチームがまとまっていきます。

すげえ番組見ちゃったなあ。泣けてくるぜ。と思ったときに、なんか似た様な事を聞いた事があるなあ、と思ったのです。

それが、冒頭の山本五十六長官の言葉でした。ほぼ同じ。

70年前の大日本帝国海軍の軍人の指導と、2015年のアメリカのプロバスケの選手だった人が台東区の公立中学校の中学生にしたバスケの指導が一緒。 そう思ったら、人を指導する事の難しさや有り難さが身にしみてきました。

こういう上司と出会うのも運命、アホな上司と出会うのも運命。ならば、自分と関わった人には、この人に会えてよかったなあと思ってもらえるようにしてあげないといけないよなあ。そういえば、僕にもそういう上司がいたもんな。

そして、やっぱり、言葉って大切だなあ、と思ったのです。

Profile of 櫻木光 (CMプロデューサー)

プロデューサーと言ってもいろんなタイプがいると思いますが、矢面に立つのは当たり前と仕事をしていたら、ついたあだ名が「番長」でした。


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