公式?非公式アーティスト? 帝国戦争博物館 Peter Kennard
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- London Art Trail Vol.43
- London Art Trail 笠原みゆき
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帝国戦争博物館ロンドン館
広大な緑の芝生の茂る敷地の真ん中に神殿のように構える建物。その建物の正面から突き出した二本の大砲!?大砲は1914年に英国海軍艦用に製造され戦場で実際に使用されたもので、ここは帝国戦争博物館、Imperial War Museums(IWM)ロンドン館。地下鉄Lambeth North駅より徒歩3分。1917年に開館した博物館は過去の二つの大戦の展示を中心に6階に分かれ、4階はホロコースト館、3階は美術ギャラリーになっています。英国では主に第一次、二次大戦中、政府が特定の美術家に戦争画や彫刻の制作依頼をし、こうした作家はOfficial War Artistと呼ばれました。政府の依頼ですから勿論検閲があったものの、多くの作家は依頼通りの戦争を美化する作品ではなくその悲惨な現実を伝える作品を残し、IWMはそれらの多くを収蔵します。今回は3階の企画展“Unofficial War Artist" Peter Kennard(ピーター・ケナード)の回顧展から。
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“Decoration, 2003 - 2004" ©Peter Kennard
まず目に入るのは壁にずらりと立てかけられた畳一畳程の作品、“Decoration, 2003 - 2004"。 通常はリボンにメダルの付いた勲章(Decoration)ですが、作品の中ではリボンは引き裂かれた星条旗とユニオンジャック、その下に下がるのは、負傷した市民や瓦礫の中に横たわる遺体、犠牲者を数えた紙切れなど。2003年からのイラク戦争の負の勲章を描いたモンタージュ写真の連作。
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“Newspaper,1994" ©Peter Kennard
陰のような黒い手で引き裂かれた新聞紙。引き裂かれているのは株式市場の紙面。作品は “Newspaper,1994"。ケナードの自身の手を紙面に転写、木炭で描きたして大企業への怒りとフラストレーションを表現したシリーズ作。
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“Reading Room,1997" ©Peter Kennard
“Reading Room,1997"も同様の手法で作られた作品で、株式市場至上主義の社会の中で置き去りにされるホームレスの人たちの顔が描かれています。
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“Face, 2002 - 2003" ©Peter Kennard
語りたくても語れない、あるいは語る事が許されない?誰とは断定しない顔、語る権利のない人々を強調するため口のない顔を描いた油彩のシリーズ、“Face, 2002 - 2003"。
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アーカイブ室 ©Peter Kennard
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アーカイブ室に展示されていた作品の一つ、モンタージュ写真にアクリルペイント。©Peter Kennard
ベトナム戦争から冷戦、核武装競争、湾岸戦争、イラク戦争そして人権問題に対して正面から取り組んできたケナード。彼の社会派作家としてのキャリアは1968年の学生時代に遡ります。ここ、アーカイブ室ではそんな彼の代表するモンタージュ写真作品をはじめ、作品資料、新聞やポスターに使われた作品などがずらり。70年代から英国の反核運動団体であるCND(核軍縮キャンペーン)、世界最大の国際人権NGOアムネスティ・インターナショナル(国際人権救援機構)をはじめ、様々な活動団体と提携し、デモのプラカードやチラシ、Tシャツに作品を使用、アートを路上レベルに持ち込んだ作家としても知られています。
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“Boardroom, 2015" ©Peter Kennard
天井付近にはプラカード、その下には和紙に刷られたモンタージュ写真が層をなして掛けられ、各々のモンタージュ写真に対応して薄い硝子板上に墨で書いたような数字が並び、光を通してイメージが重なりあいます。そしてその脇には軍事産業に関わる企業の名刺も?更に下の木製の手すりには解説が書かれ、数字の持つ意味と写真や名刺との関係が明らかにされていきます。今回の展示用に作られたこの作品は、“Boardroom, 2015"。
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“Boardroom, 2015"の一部分 ©Peter Kennard
さて、一部を見てみると……。ビーチボールの地球儀が宙を舞い、穴だらけになった傘に突き刺さるミサイル、隣にはシカゴの大型旅客機の会社ボーイング社の名刺。 数字は、3480000000。解説は、2011年にボーイング社が、レーガン時代の宇宙規模の軍事計画である戦略防衛構想(SDI)、通称スターウォーズ計画を引き継ぎ、34億8千万ドルで新たに国と契約を結んだというロイターのニュース。昨年末帰ってきた映画スターウォーズで涌きましたが、こんなとんでもない計画もしっかり帰ってきている事もお忘れなく!
更に大きな数字1747000000000をみると、飢えで骨ばかりになった体にミサイルの突き刺さった地球の頭を持つ子供の写真。数字は世界の2,4%のGDPに匹敵する2013年の世界の軍事支出(ドル)(引用はストックホルム国際平和研究所)。その隣の数字は3200000000。こちらは世界中で飢えに苦しむ学童世代の子供達全てに1年間食べ物を供給した場合にかかる費用(ドル)(引用は国際連合世界食糧計画)。単純に先の1年分の世界の軍事支出額で割ってみると545,9375で、気の遠くなる約546年分の育ち盛りの子供達の食費に!
今度は小さい数字35。イメージは焼け野原の広島の風景に“Protect & Survive"の冊子を読む骸骨。広島、長崎への原爆投下から35年後の1980年、英国政府は核戦争に備えるようこの冊子を全国民に配布しました。更に昨年(35年後の2015年)、英国労働党の新党首となったコービン党首が、首相になったとしても核ミサイルのボタンは押さないと宣言したことに多くの国会議員が反論した事が物議を醸しました。核を保有する国がますます増加する今日、70年前と一体何が変わったのでしょうか。
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にぎわう博物館のホール
年明け早々に訪れた博物館は、家族連れや観光客でごった返していましたが、自身をはじめ、訪れる人々がここで何を学び、何を変えていく事が出来るのか考えさせられました。
Profile of 笠原みゆき(アーチスト)
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©Jenny Matthews
2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。
Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。
ウェブサイト:www.miyukikasahara.com