あのネコのこと
- とりとめないわ 第5話
- とりとめないわ 門田陽
猫がブームだそうです。今さらという感じですが、日本だけではないらしいのです。アメリカやイギリスにも猫カフェが次々にできて行列を作っているのだそうですよ。イギリス人が並ぶ姿は想像しにくい。ほんとの話なのでしょうか。そういえば僕の家の近所にあるペットショップも店内の大半が猫で占められつつあります。そして確かにお客さんは多いです。昭和の頃には見覚えのない洋風な猫たちを前に、いい大人たちがゴロニャンしているのです。情けない。
さて、僕は猫にはトラウマ(トラはネコ科だもんな)があって決して嫌いではないのですが、苦手意識が出てしまう。そうするとヤツラはこっちの顔色を読むのが上手いのでなめられてしまい仲良くなれない。原因ははっきりしています。あれは小学4年生の冬。全校で希望者だけが参加する朗読コンクールというのがあって、これは物語や童話を本を見ないで読み切るというもので、当時暗記力だけには根拠のない自信を持っていた僕は躊躇なくエントリーしました。そして学年代表を決める発表を講堂で披露する場で、確かに前の晩にはスラスラ言えた話がまるで出てこなくなって、壇上で絶句したのです。悪夢の記憶。当時の小学校の講堂にはエアコンなんてものはなくて、口から洩れる「ウ~ッ~」という声のような息が白かったことは40年以上経った今でもはっきりと覚えています。そのときの朗読コンクールの課題が「長靴をはいた猫」でした。猫は悪くない、僕のせいです。
いま思えば「長靴をはいた猫」という話はどうなんだろうな。タイトルを知らない人は少ないと思うけど、中身を知ってる人はあまりいない気がします。あらすじでさえ言える人は少数派。たぶん、日本人にはなじめないストーリーなのです。ヨーロッパの民話や寓話のパターンのひとつ三人兄弟モノで主人公が一番下の子というのも定番のかたち。その三人が遺産を相続するのだけど、長男には粉挽き小屋(粉挽きというのも日本ではなじみがない)、次男にはロバで、三男がもらったものが役に立たない猫という設定です。その猫が三男に「どうか私を食べないでください。私に長靴と袋をくだされば、きっとあなたに幸せが訪れます」と説得するのです。このセリフに10歳だった僕は違和感がありました。 そもそも猫がいきなり喋ることはさておき、外国人は猫を食べるの?と担任の先生に聞いたのです。すると「物語ですからね」と何だか子供心にはしっくりこない回答でモヤモヤしました。せめてもう少しシャレの効いたことを言われていたら今の僕は違っていたかもしれません。いや、先生は悪くない。実はあのときもうひとつ聞きたいことがありました。猫はどうして長靴がほしかったのか?そのあとの話では、長靴のことはほとんど触れられないのです。フシギでした。
ま、それにしても物語のタイトルは大事!「長靴をはいた猫」って秀逸だよなぁ。その作者でフランスの詩人シャルル・ペローは他にもタイトルでグッと引き寄せるものがいくつもあります。「赤ずきんちゃん」「眠れる森の美女」「巻き毛のリケ」「親指太郎」。うーん、この人はきっとコピーライターでも成功したに違いない。さらにこの人は「シンデレラ」の元の話にかぼちゃの馬車や12時までの制限という演出を加えたそうだからCMプランナーの才もあったと思います。同じ時代にいたらぜひお会いしたかった。
ところで、猫の登場する日本の物語って何だろう。と考えたら、僕の大好物の落語に沢山ありました。「猫久」「猫定」「猫忠」「猫の恩返し」「猫の災難」「猫の皿」「猫の茶碗」、どの話も面白くて語れば朝までかかるのですが、一番好きな日本の猫といえばやっぱりドラえもんだよな、という話はまたの機会に。
Profile of 門田 陽(かどた あきら)
電通第5CRプランニング局
クリエーティヴ・ディレクター/コピーライター
1963年福岡市生まれ。
福岡大学人文学部卒業後、(株)西鉄エージェンシー、(株)仲畑広告制作所、(株)電通九州を経て現在に至る。
TCC新人賞、TCC審査委委員長賞、FCC最高賞、ACC金賞、広告電通賞他多数受賞。2015年より福岡大学広報戦略アドバイザーも務める。
趣味は、落語鑑賞と相撲観戦。チャームポイントは、くっきりとしたほうれい線。