職種その他2016.03.09

風をまいたのは誰? Parasol unit

London Art Trail Vol.45
London Art Trail 笠原みゆき
パラソル・ユニットの外観

パラソル・ユニットの外観


ネット産業の企業が集中するロンドンのシリコンバレーとも呼ばれる東ロンドン地下鉄オールドストリート駅周辺。この駅を出てすぐ大通りを脇に入り、5分程歩くと倉庫を改装した建物にたなびくParasol unitのバナーが見えてきます。今回はこの非営利目的のアートギャラリー、パラソル・ユニットからJulian Charrièreの個展“For They That Sow the Wind"の紹介です。

 “Future Fossil Spaces(2014) 三角の器に入った水は塩水。 © Julian Charrière

“Future Fossil Spaces(2014) 三角の器に入った水は塩水。 © Julian Charrière

広々とした空間に遺跡のように並ぶ幾つもの柱。作品のタイトルに“Future Fossil Spaces(2014)"とあるので、化石が見つかるのかな?と地層のように積み上げられた柱や床のブロックを観察してみます。でもそれらは実はざらざらした塩の固まり!携帯やパソコンを始め幅広い電子、電気機器に使われているリチウムイオン電池。その原料となるリチウムは現在では塩水から抽出するのが主流ですが、作品の塩の固まりは世界のリチウム産出量の三分の一を占めるアンデス山脈に出没する広大な塩の湖、ウユニ塩原で生産されたリチウムの抽出後の廃棄物。ヒトの祖先が誕生したのと同時代に隆起したアンデス山脈に偶然残った大量の海水が湖となり、その水に含まれていたリチウムが現代人のコミュニケーションツールに欠かせないものになるとは誰が知っていたでしょうか。

“Somehow, They Never Stop Doing What They Always Did(2013)" © Julian Charrière

“Somehow, They Never Stop Doing What They Always Did(2013)" © Julian Charrière

果糖に乳糖と食品でお馴染みのバクテリア。古くからヒトの文化を育んだ世界の大河、ナイル川、長江、ユーフラテス川等の水にこれらのバクテリアを加え、石膏のブロックを浸してバベルの塔のように積み上げれば即席の古代遺跡の出来上がり!密封された硝子ケースの中で、バクテリアが徐々に浸食するこの作品は“Somehow, They Never Stop Doing What They Always Did(2013)" 。

 “Polygon I, IIV, X Semipalatinsk nuclear weapon test site, Kazakhstan(2015)" &copy Julian Charrière

“Polygon I, IIV, X Semipalatinsk nuclear weapon test site, Kazakhstan(2015)" © Julian Charrière

砂漠の中に取り残された廃墟、これもまた遺跡か何か? この写真作品は、アメリカの核実験場だったビキニ環礁を舞台にしたと思われる、英国SF作家J・G・バラードの短編小説「時間の墓標(終着の浜辺)」(1964出版)からヒントを得た連作 “Polygon I, IIV, X Semipalatinsk nuclear weapon test site, Kazakhstan(2015)"。カザフスタンにある旧ソビエト連邦の核実験場のセミパラチンスク核実験場を撮影したもので、隣には同核実験場を撮影した16分の映像作品“Somewhere, Semipalatinsk nuclear weapon text site, Kazakhstan, 2014"が映し出されていました。時折、鳥が羽ばたく以外は生き物の気配の感じられない荒野に聳(そび)える抜け殻となった塔。観客が小説の中の主人公になったかのように廃墟をさまよい、モノクロ映画かと思いきや、見ていると次第にうっすらセピアがかった青空が現れ、現実と虚構が交錯します。日本ではマグロ漁船、第五福竜丸の被爆(1954)でお馴染みのビキニ環礁核実験場は2010年にユネスコの世界遺産に登録されました。これらの核実験場を始め、世界にはどのくらいヒトの手によって汚染され、生き物の多くが住めなくなった風景があるのでしょうか。

"Tropisme(2015)" © Julian Charrière

"Tropisme(2015)" © Julian Charrière

上の階に上がると、氷漬けになった植物(!)が目に入ります。植物は、シダや蘭。マイナス20度に保たれた冷凍庫に展示されています。白亜紀末の鳥類以外の恐竜も絶滅した気候変動も生き延びた、地上で最も古いこれらの植物を冷凍保存するという試み。こちらもまた J・G・バラードの小説 、温暖化が進み都市の多くが水没、 地球が原始時代の頃の状態に戻っていき動植物が先祖帰りを起こしていくという「沈んだ世界」(1962)からインスピレーションを受けた作品"Tropisme(2015)"。

The Blue Fossil Entropic Stories I, II, lll (2013)" © Julian Charrière

The Blue Fossil Entropic Stories I, II, lll (2013)" © Julian Charrière

ところは、アイスランド。氷山の天辺でガスバーナーで必死に氷を溶かしているのは何とCharrière本人!8時間かけて氷を溶かすことを試みるものの彼に勝算はなし。滑稽に見える彼の行為ですが、 私達の行為で地球温暖化が進んでいるのも事実。シリーズの写真は“The Blue Fossil Entropic Stories I, II, lll (2013)"で、ドイツ・ロマン主義の画家カスパー・ダーヴィト・フリードリヒの油彩画 “雲海の上の旅人(1818)"の現代版。

“We Are All Astronauts(2013)" © Julian Charrière

“We Are All Astronauts(2013)" © Julian Charrière

宙に浮かぶ11個の地球儀は1890年から2011年のバージョンの(地図を表記した) もの。ところが100年前の地図と現在の地図を比べようにもその表面の境界線は全国連加盟国の鉱石で作られた、“国際的な”サンドペーパーで丁寧に削ぎ落とされていてもはや存在しません。さらに地球儀の下の板には削ぎ落とされた塵がまるでピグメントのように積もり、新たな地図を描き出しています。この作品のタイトル“We Are All Astronauts(2013)"はジオデシック・ドームの発明で知られる建築家、思想家のバックミンスター・フラーの著書「宇宙船地球号操縦マニュアル」(1963)からヒントを得たもの。

頽廃(たいはい)の美に環境問題、SFや科学を絡め詩的な世界を描くCharrièreの作品。失ってしまったもの、失われていくものを美しいと感じ、ロマンス化してしまうのはヒトの性なのかもしれませんが、それで本当にいいのだろうかという疑問が残ったのも確かです。

Profile of 笠原みゆき(アーチスト)

笠原みゆき

©Jenny Matthews

2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。
Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。

ウェブサイト:www.miyukikasahara.com

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