仕事に修行や下積みは必要か?
- 番長プロデューサーの世直しコラムVol.111
- 番長プロデューサーの世直しコラム 櫻木光
去年暮れ頃のことですが、ホリエモンさんが、下積みや修行を重んじる考え方は間違っているという主旨のコメントをして話題になっていましたね。「今時、イケてる寿司屋はそんな悠長な修行しねーよ。センスの方が大事」
事の発端は、「開店からわずか11ヶ月…素人だらけの寿司屋がミシュランに選ばれた理由」という記事。 大阪にある寿司屋「鮨 千陽」の料理人は、鮨を握った経験が1年未満ながら「ミシュランガイド京都・大阪2016」に掲載されたという。この事実を例に出し、長期間の下積みや修行は必ずしも必要ないと持論を展開したホリエモン。寿司屋に限らず、下積みを過度に重んじる「下積み原理主義者」を「大事なものが欠けているのはお前らの 脳だと思うよ」と徹底批判した。
と書いてあった。
寿司屋の話はわからないけれど、CMプロデューサーに当てはめるとどうなんだろう?と思ったから興味がわいたのだろう。
自分が実際どうだったか考えると、プロデューサーになる前に、8年間プロダクションマネージャーという職種を経験した。その後1年間、アメリカのコーディネーター会社に出向して、アメリカでのロケのやり方を学んだ。で、帰ってきてプロデューサーになったのだけど、その9年間がCMプロデューサーになるための大事な修行の時期だったと思うのです。
以前のコラム、プロダクションマネージャー https://www.creators-station.jp/column/producer/14711
CMプロデューサーに限らず、自分の技術にお金を払ってくれるお客さんがいて、それを継続させる事ができて、生活していけるだけの利益があり、(会社員では実感が薄いけど)その職業で稼ぎました、という税務署へ所得の申告をして、税金を納めてはじめて職業というのは成立するもの。
そう考えて行くと、僕にはプロダクションマネージャーという修行の時期が必要だったと思う。CMの制作会社に入社して、何が何だかさっぱりわからないところからスタートした。とりあえず、どんな職業なのかは勉強して入ったつもりだったのだが、なんとなく違っていた。先輩達は仕事の仕方がそれぞれ違って、何が何だかさっぱりわからないのでセンスもへったくれもなかったのだ。
そういう意味では鮨を握るという仕事の方が目標がはっきりしている。
いろんな事があるけれど、CMプロデューサーにとって一番大切な事は、この人に頼んでるんだから、何か問題がおきても最終的には、自分の望むレベルでなんとかしてくれる、という発注主との信頼関係である。
それは、うまくCMが作れるということももちろんあるが、本当は、事故が起きてもちゃんと対応してくれる、という事の方が大きい。 一つの撮影について、どんな事故が起きる可能性があるのか?ということを予測するのは容易ではない。それは経験からくる想像力のなせる技だからだ。なんか面白いCMを無責任に一本だけ作る、ということであれば、センスのある学生さんなら僕らより技量のある人はいる。
CMプロデューサーのやっている事は、今は特にディフェンシブである。 現場で起きる事故への準備と対応はもちろん、不確定要素であるロケ時の天気への対応、コンプライアンス違反へ対する対応、利益を確保するための効率化への対応など予想するのが難しい出来事に、その場で瞬時に正しく対応する事が求められているからだ。それでいて面白い物を作るための判断をしなければいけない。
責任者として現場にいる限り、起こりえるクソ面白くない事への対応こそが責任を果たすということであるならば、起きた不測の事態にビビらず冷静に対処できるのは、その事を予測していて準備している人だけなのである。 そこには、実務を担当して準備するプロダクションマネージャーの時の経験と、予想、判断、実行の指示を出すプロデューサーとしての経験がやる気とともにいいバランスで自分の中に存在してはじめて、継続して仕事を受注できる状況になれるんだと思う。
加えて営業という観点からは、人によって大事にしている事は違うから、発注主の要求はそれぞれ違う。なにか説明するにしても話し方一つで良くなったり悪くなったりする。肉が好きな人もいれば魚しか食べない人もいる。そういう理屈の通らない好き嫌いみたいなことにも臨機応変に対処して行く術が必要になってくる。
そう考えて行くと、ホリエモンさんが必要ではないと言った修行や下積みが、最初から、しなくても平気で仕事ができるならば、そんなにいい事はないが、(どこかにいるかもしれないけど)そういう人はまずいないと言った方が正解だろう。
この仕事に限っては、一人前になるまでに始めてから10年かかる。と思っている。CM一本作るのに、制作費は郊外のマンションを一部屋買えるくらいの金額が最低でも動くものだ。自分でマンションを買うときに、実務経験が5年の不動産業者の若者と組むのは怖い。だから10年。10年、その業界を逃げ出さなかった奴しか信用できない。
ただ、下積みや修行を長年やってるからといって、一人前になれるかどうかは不明である。「コツコツ下積みをすることが美徳」的な考え方は実は自分の中にも無い。大事な事は「どんな努力を自分に課すか?」という事だと思う。自分に何が足りていて何が足りていないのか、自分の弱いところを知ってその克服には時間をかける。自分の強いところはどんどんのばす。そして、いつまでにどうなりたいかの時間と実像を具体的に目標として決めて、それに向かって努力をする。「自分をどう販売するか?」という作戦を考える時間が修行で下積みならば意味はある。
他人から言われた事をカリキュラムのように時間をかけて繰り返していれば一人前になれると思って思考停止で実務をこなすだけなら、そんな修行は辛いだけだし意味は無い。そんな事は誰でもわかっている様な気がするけど、案外わからない人が多いんだろう。それとこれを分けて考えなきゃいけないということを「センス」という言葉でホリエモンさんは言いたいんだと思うのであります。
Profile of 櫻木光 (CMプロデューサー)
プロデューサーと言ってもいろんなタイプがいると思いますが、矢面に立つのは当たり前と仕事をしていたら、ついたあだ名が「番長」でした。