職種その他2016.10.12

アートで異議あり! Victoria Miro

London Art Trail Vol.52
London Art Trail 笠原みゆき

“NO NO AMERICA"と書かれた鏡に廃墟となった牢獄が写り込み、更にそれらが亀裂の入った鏡でできた“FREE"の立体文字の中に幾重にも貫入し合い錯綜した迷宮へ誘います。Protest (抗議、異議申し立て)と題した展示が、現在Victoria Miroギャラリーで 行なわれています。ギャラリーはパラソルユニット(第45回で紹介)に隣接し、東ロンドン、オールドストリート駅から徒歩5分。

今回の展示はコマーシャルギャラリーのビクトリア・ミロと人権擁護の活動をする非営利団体Reprieveとのコラボレーションという一風変わった展示。英国で死刑が廃止になったのは1999年ですが(ただし、英国では1964年以降死刑執行は行なわれていない)、Reprieveは同年に発足、主に最も過酷な環境にある死刑囚の人権擁護のために戦っている弁護士団。

"Prison Breaking/Powerless Structures, Fig. 333, 2002/2016" Elmgreen & Dragset

"Prison Breaking/Powerless Structures, Fig. 333, 2002/2016"
Elmgreen & Dragset

中に入るとまず目に入るのがこちら。砕かれたコンクリートの壁の内側には冷たい鉄のトイレに鉄のベッド。爆撃によるものか自然災害か、いずれにせよ国家の権力を誇る牢獄も破壊されてしまえば、それはパワーレス。作品はElmgreen & Dragsetの“Prison Breaking/Powerless Structures, Fig. 333, 2002/2016"。

“Free, 2016" Doug Aitken“Free, 2016" Doug Aitken

“Free, 2016" Doug Aitken“Free, 2016" Doug Aitken

解放されて自由の身になったと思ったら、そこは迷宮だった!作品はDoug Aitkenの“Free, 2016"。

“Prisoner's Door, 1994" 草間彌生

“Prisoner's Door, 1994" 草間彌生

迷宮といえばこちらもしかり。鉄の扉を開けて胎内の中に入っていくようなこの作品は誰の作品?お判りかと思いますが勿論、草間彌生の“Prisoner's Door, 1994"。

“untitled 2013(no no america), 2013" Rirkrit Tiravanija

“untitled 2013(no no america), 2013" Rirkrit Tiravanija

“NO NO AMERICA"のスローガンは、シーア派やスンニ派の軍そして、イラクの市民の間でここ20年以上使われ続けられているもの。作品はRirkrit Tiravanijaの“untitled 2013(no no america), 2013"。

“Nazis MurderJews,1936” Alice Neel

“Nazis MurderJews,1936” Alice Neel

“ナチがユダヤ人を惨殺する"と書かれたプラカード。共産党のNYでの松明行進を描いた作品はAlice Neelの"Nazis MurderJews,1936“。描かれた年を見て思わず背筋がぞくり。ヒットラーがドイツ国会で全権委任法を成立させた3年後に描かれたこの作品はその後始まるユダヤ人大虐殺を予見していたのでしょうか。

“Study for Idol Hands, 2012-2015" Jules de Balincourt

“Study for Idol Hands, 2012-2015" Jules de Balincourt

こちらもまたデモ行進?デモに向かう43人の師範学校の学生が市警によって拉致され、その後麻薬組織に引き渡されて惨殺されたとされる、2014年のメキシコ・イグアラ市学生集団失踪事件はまだ記憶に新しいはず。チリやメキシコではここ10年以上、行政機関と麻薬組織の癒着による失踪事件が絶えません。作品はJules de Balincourtの“Study for Idol Hands, 2012-2015"。プラカードに描かれているのはチリやメキシコで行方不明になった人々の肖像でそれらを掲げているのはその家族達。

“The Leopard (Western Union: small boats), 2007" Isaac Julien

“The Leopard (Western Union: small boats), 2007" Isaac Julien

作品の舞台はシチリア島から南西へ205km、チュニジアから東へ113kmに位置するランペドゥーサ島 。日本では、ベストセラー書籍、『死ぬまでに行きたい!世界の絶景』(三才ブックス)にて世界1位の絶景として紹介され、アメリカのオンライン旅行情報コンテンツ、トリップアドバイザーにて世界1位のビーチ(2013)に選ばれるなど、島は世界有数のリゾート地。一方でアフリカから最も近いヨーロッパ領の島であるため、近年ではヨーロッパへの窓口として、アフリカそして中東からの移民、難民の目的地になっていて、近海では難民を乗せた船の海難事故が多発し、犠牲者が絶えません。映像作品は Isaac Julienの“The Leopard (Western Union: small boats), 2007"。この島を舞台に19世紀末のイタリア貴族とその没落を描いたランペドゥーサの長編小説を、ヴィスコンティが映画化したThe Leopard(1963、邦題:山猫)と同タイトルで、美しい海を背景に63年の映画の撮影で使われたバロック宮殿と近年の観光客や難破船、難民のイメージを重ねています。今ではヨーロッパのどの国も大量に押し寄せる難民の問題に悩まされていますが、ほぼ10年前のJulienがこの映像を作った当時、誰がこの事態を予想したでしょうか。

2007年1年間にヨーロッパ入りを果たした難民の数は25万人以下、これに対し2015年の数はたった1年で132万5千人!トップ3はシリア、アフガニスタン、イラクから、戦火で家を追われ命からがらたどり着いた人々で、なんと全体の半数以上、54%を占めます(出典:Pew Research Center)。シリアの内戦は昨年からアメリカとロシアの代理戦争と化し、それに便乗した英国、フランス、ドイツを含む各国が次々と爆撃を繰り返しています。自国では人権問題にうるさい国々が他国ではそれを完全無視しているのが現状で、更なる“Protest"の必要性をもう一度考えさせられました。

Profile of 笠原みゆき(アーチスト)

笠原みゆき

©Jenny Matthews

2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。
Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。

ウェブサイト:www.miyukikasahara.com

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