ソーホーに現れた風変わりな動物達!? Marian’s Menagerie
- London Art Trail Vol.54
- London Art Trail 笠原みゆき
地下鉄ピカデリーサーカスを出てソーホーに向かい、小さな日本食料品店の裏手に入ると美しい吹き抜けホールのあるビクトリア朝時代の建物が見えてきます。今回は、昨年オープンしたこのMarian Goodman Galleryより。 ギャラリーは英国では新参ですがNYで約40年の歴史を誇る老舗のギャラリーです。
入ってすぐ右手に展示されていたのはダーウィンが進化論を提示した「種の起原」(1859年オリジナル版の第11刷)。近年でさえダーウィンの生涯を描いた映画、"クリエーション(2009)"の公開がアメリカで大幅に遅れるなど未だに物議を醸している著書。現在もまだ問題になるとはダーウィンもびっくりでしょうが、157年前の当時の反響は想像を絶する物があったはず。今回の展示のテーマは人と動物の関係をテーマにした"Animality"。
深夜の湖畔にたたずむのは大山猫?この写真がナショナル・ジオグラフィックに掲載されたのはなんと110年前の1906年!ナショナル・ジオグラフィックってそんな昔からあったの!ということも驚きですが(1888年創刊) 写真は野生動物のフラッシュ写真のパイオニア、George Shirasによるもの。1889年から写真を始めたShirasは北アメリカを中心に野生動物の写真をとり続け、その後は熱心な動物愛護運動家として数多くの国立公園を設立しました。
この後ろ姿は何の鳥?うーん多分ハトの頭かな?その隣は?ずらりと並ぶ鳥の後ろ姿の写真はRoni Hornの写真シリーズ、"Untitled (1998-2007)"。正面から見ればすぐに分かるのに後ろからだと煙を巻かれたようにアイデンティティが曖昧になります。
こちらはエジプト、カイロ出身のWael Shawkyの映画、"Cabaret Crusades: The Path to Cairo(2012)"で使われたマリオネット達。映画は11世紀から16世紀まで行なわれた壮大な宗教戦争である十字軍の遠征をアラブ側の目から描いたもの。Shawkyは人のマリオネットに動物的な要素を加えキャラクターに味を出しています。右のキャラはちょっとカエルっぽい?じゃあ左のキャラは?
地響きのように響く重低音の声はゾウの声? 映像の中で、一人のヴォーカリストが倉庫に眠っている動物達に語りかけるように歌声を披露しています。剥製標本としてその倉庫に納められていたのはライオン、虎、オットセイ、ゾウ、そしてゾウの骨?と様々。さて、時はフランス革命末期の1798年、 人の音楽を動物が理解することができだろうかという疑問を試すため、何とパリ植物園で二頭のゾウを招いて実験的なコンサートが行なわれていたんです!その当時の二頭のゾウの骨を見つけ出したJennifer AlloraとGuillermo Calzadillaは、映像"Apotomē (2013)" で、世界で最も低い声を持つヴォーカリスト、Tim Stormsを招き、骨となったゾウ達、そして共に納められていた動物達にその歌声を聴かせることを試みました。
階段を上って上を見上げるとそこには子牛の頭を持った少年?が綱渡りをしています。右手には純金仕上げの拳銃、左手にはスマートフォン。右手に持っている拳銃は2011年当時カダフィ大佐が携帯していた物と同型のもので、そういえば派手なファッションもカダフィ大佐っぽい? 大佐が殺害され、リビア内戦が始まった同年にはイギリス暴動が起き、 暴動を起こした若者の間でスマートフォンがソーシャルメディアを使ったコミュニケーションの重量な役割を果たしました。作品はYinka Shonibareの"Tightrope Revolution Kid (Calf Boy), 2013"。
George Orwellの同名の小説をアニメ化した"Animal Farm"。実はこちら、1954年に公開された英国初のアニメーションです。John Halas とJoy Batchelorによって作られたこのアニメ、今見ても実に良く出来ていますが、イギリス政府とCIAの強力なバックアップで反ソビエト宣伝攻勢に使用されました。
最後は1967年公開のディズニー映画ジャングル・ブックを使った作品。お馴染みのキャラクターは、左がジャングルの猿の王でオラウータンのキング・ルイ、右が凶暴なベンガルトラのシア・カーン。あれ、でもその下にオラウータン(日本人)、ベンガルトラ(イギリス人)って書かれてる?作品はPierre Bismuthの"The Jungle Book Project, 2002"の一部(19枚のイラストと吹き替えた1967年の映画ジャングル・ブック(75分))。Bismuthは登場する動物達それぞれに異なる国籍を与え、19カ国の言語でそれぞれが話すバージョンに吹き替えたジャングル・ブックをつくり出し、公開当時問題となった人種差別問題を見事にひっくり返しています。
英国では先月末に95%完全なドードー鳥の骨が34万6300ポンド(約4850万円)で落札されたことが話題になりましたが、人が三百年以上前に絶滅に追いやった鳥の骨が一戸建て程の価値になるとは皮肉な物です。展示では単に現代美術だけでなく歴史的な自然史のイラストも豊富で見応えがありました。ただ人による種の絶滅や環境問題、シャーマニズムなど信仰と動物、美術の関係などに触れていなかったのがちょっと残念でしたが。
Profile of 笠原みゆき(アーチスト)
2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。
Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。
ウェブサイト:www.miyukikasahara.com