大切な人へ捧げるアート Gallery of Everything
- London Art Trail Vol.57
- London Art Trail 笠原みゆき
紅白のストライプのかわいい床屋さん?でもショーウィンドーには楽譜のようなものが飾られているから楽器屋さん?実はこちら、昨秋オープンしたばかりのアートギャラリー、Gallery of Everything。地下鉄マーブルアーチ駅から徒歩5分。
中に入ると元床屋の特色を出来るだけ生かした暖かみのある内装で、 黒革のレトロな床屋の肘掛け椅子がお出迎え。「どうぞお座りになって構いませんよ。」といわれ、腰掛けてみると何とも心地がよく懐かしい気分。でも今日はアートを見に来たのだ!と我に返り立ち上がり、辺りを見回します。今回紹介するのは“This is dedicated to the one I love” – 愛する人に捧げる作品をテーマにした3人の作家の展示です。
極細のペンで描かれた小さな小さな円。細胞のようなその小さな粒が寄り添って大きな生命体を描きます。作家は40年以上前、大切な弟を脳腫瘍で無くしたことがトラウマとなり、シェフの仕事を続けることが出来なくなります。そして弟を想い、独学で円のドローイング制作を始めました。こちらは日本から、土井宏之の作品。
豪華なドレスを纏った1920年代の舞踏会スタイルの女性像。学習障害を持っていた作家は言葉を殆ど発することはなく、手話とジェスチャーでコミュニケーションをとり、身の回りの世話をしてくれる女性達からテレビに映る女性達まで「好き!」と感じたら積極的に描いたそうです。作家は昨年一月に他界したイギリス人のNigel Kingsbury。Kingsburyはこのコラムの第41回で紹介したジャーウッド・ドローイング・プライズの最終選考にも選ばれたことのある実力派。
音楽の楽譜?でもよく見ると線の上に描かれているのは音符ではなくて文字や数字。ペンで機を織るように描かれた線。どの作品も“Liebe Mutti – 大好きなママへ”で始まり、作家の母へ当てた手紙になっています。手紙の中には電車などの乗り物のナンバーや時刻も繰り返し綴られていて、もしかして自閉症をもつのでは?とギャラリーの方に尋ねてみると「最初は医師もそう診断したのだそうですが、その後撤回したそうです。」とのこと。こちらはドイツからHarald Stoffersの作品。
Gallery of Everythingは2009年に北ロンドン、カムデンにオープンした、19世紀からの膨大なコレクションを収容するアウトサイダー・アート※のパイオニア的美術館、Museum of Everythingを前身としています。(※専門的な美術教育や訓練を受けていない、主流の市場から外れたアーティストの作品、アウトサイダー・アートについてはこのコラムの第11回でも触れています。) Museum of Everythingは現在では世界中を巡回中でロンドンに拠点はないものの、今回新しくそのコレクションの一部をテーマごとに紹介する小さなギャラリーをオープンさせました。 展示は三ヶ月ごとに入れ替わり、今回の展示は第二回目。白壁の無機的な空間、いわゆるホワイトキューブのギャラリーと対照的な、ぬくもりのある空間で紹介されるアウトサイダー・アートのギャラリー、Gallery of Everything。次回がまた楽しみです。
Profile of 笠原みゆき(アーチスト)
2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。
Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。
ウェブサイト:www.miyukikasahara.com