- Vol.58
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London Art Trail
笠原みゆき
A.P.Tの外観。下の階の一部がギャラリーになっている。
南東ロンドン、ニュークロス駅を出てアルバニー劇場の裏のラッパ水仙の咲き乱れる公園を横切るとカリビアンや中華系の商店の並ぶ賑やかなハイストリートに出ます。図書館を越え、クリークサイド通りに入ると急に人気のないインダストリアルな雰囲気に。そこに現れる半分エドワーディアン、半分ポストモダン?な建物がアーティストスタジオとギャラリーを運営する美術非営利団体の
A.P.T(Art in Perpetuity Trust)。今回はその一角にある
A.P.Tギャラリーから。
“Goodwill Ambassador, 2016” © Paul Kindersley
ブルーのレオタードにピンクのロンゲをなびかせ、ジュネーブの国連本部に向かう男性。“もし1930年代にこんな格好でこの辺をうろうろしてたら、まずファシストに撃たれてたでしょうね!”などとコメントしながら、世界の平和のために!と国連本部の前でポップスターのように軽やかに踊ります。画面にはSNSのランダムなコメントが現れては消え、時々アニメの妨害が入ったりと、オブジェのように扱われる男性。映像作品は、
Paul Kindersleyの“Goodwill Ambassador, 2016”。親善大使を装っているのは Kindersley本人。国際平和協力を促進するため1919年に設立された国際連盟を前身とする国際連合。結局、 国際連盟は機能せず、第二次大戦に突入してしまいますが、その平和の遺産は国連に引き継がれました。しかしその後も世界中で紛争は絶えず、国連憲章の掲げる人権は守られておらず、その上、各国が好戦的になっている今の状況を、作品は皮肉っているようです。
Working prototype (Proposition for a better way of working, 2017)とそのシリーズ © Tyler Mallison
一見工場の作業場のようですが、そこにあるのは足の付いた立派な鋼鉄のパイプに床に敷かれたヨガマット。隣のヨガブロックにはコンセントの差し込み口があって……。健康的な作業環境ってこと?でもその差し込み口にはドライバーが刺してあって感電しそう!そして作品のメデイアの表示、“Power coated steel(made in UK)”というところに目が止まります。ああそうか!と昨年から英国紙の一面を飾っていた”Save Our Steel”というヘッドラインが頭をよぎります。鉄鋼業は英国の主要製造業ですがここ数年の価格の低下から急激な雇用の削減が進んでいました。果てには英国内に1万5千人の従業員を抱えるインドのタタ・スティールが、赤字の膨らむヨーロッパ部門(前身はブリティッシュ・スティール)を売りに出し、迷走のあげく僅か1ポンドで投資会社のGreybull Capitalに買収されたのは記憶に新しい話です。光熱費の高騰、雇用や環境の規制のため価格を押さえられない英国鉄鋼業界に対し、国内の需要の鈍化によってヨーロッパに目を向けた中国の鋼が破格の値段で英国に入ってくるという、グローバル化が招く産業破壊の構図が浮かび上がってきます。作品は
Tyler Mallisonのworking prototype (Proposition for a better way of working, 2017)とそのシリーズ。
Foundling(Enf><Einfg)I & II, 2016 © Edith Kollath
蝶番で繋がれた岩。もとは一つの岩だったのだけど今は蝶番で僅かに繋がっていて……。そう、グレートブリテン島もその昔はヨーロパ大陸と繋がっていた。英国のEU離脱によってその蝶番の一つが今まさに外されようとしている? ミネラルの繋がりのみならず、民族や文化のつながりも強いヨーロッパと英国。作品は
Edith KollathのFoundling(捨て子!)2016で、EU離脱によって引き裂かれる民族や家族のことを示唆しているのでしょうか。政府が離脱後の明確な方針を示さぬまま行なわれた昨年のEU離脱国民投票。結果は残留48%、離脱52%の僅差でした。この結果を受け、離脱後に首相に就任したメイ首相と政府は強行に離脱手続きを押し進めようとします。これに対し反対派が告訴、最高裁は議会の承認が必要との判断を下すものの、議会はこれをすんなり承認。メイ首相は今年三月末からEUの基本条約である、リスボン条約に基づいて第50条を発動=EU離脱交渉を始めることを早くから宣言しており注目が集まっていましたが、このコラムを書いている本日(2017年3月)28日にその第50条の発動を行ないました。第50条の発動後は交渉を2年以内に終えなければならず、勿論後戻りは出来ません。
奥のメインギャラリー。
今回の展示のテーマは“New Material”。1984年のマドンナの曲、マテリアル・ガールから取ったこのタイトル、物質主義の時代を超えて時代に逆行するかのようにEU離脱を選んだ英国社会をアーティストがマテリアルの観点から見る試み。作品を一見しただけではよくわからないのですが、やがてじんわりと様々な事柄が見えてきました。
Profile of 笠原みゆき(アーチスト)
©Jenny Matthews
2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。
Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。
ウェブサイト:www.miyukikasahara.com