職種その他2017.05.17

レースの向こうに見える風刺画? Nottingham Contemporary

Vol.59
London Art Trail 笠原みゆき


Nottingham Contemporaryの外観。目の前をトラムが走っている。ノッティンガム駅より徒歩5分。

美術館の壁に浮かび上がるのは?見えるかな、美しいレースの模様。今回はかつてレース産業で栄え、ロビン・フッドの発祥の地としても知られ、ノルマンの城の残る中央イングランドの都市ノッティンガムより。そのレース市場の跡地に建てられた現代美術館、Nottingham Contemporaryでは「The place is here」と題して80年代の英国社会に焦点を当てた展示が開催されていました。膨大なアーカイブを含む100点以上の作品の中からほんの一部を紹介します。


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“Lay Back, Keep Quiet and Think of What Made Britain so Great, 1986" © Sonia Boyce

4つのパネルに描かれた黒薔薇は19世紀にアーツ・アンド・クラフツ運動を率いたウィリアム•モリスの壁紙風。右手に作家の自画像、そして並ぶのはビクトリア女王の即位50年記念のデザインの3つの十字架。十字架の中にはそれぞれ当時植民地であった南アフリカ、インド、オーストラリアの風刺画が描かれています。タイトルが示唆するように何が、誰が大英帝国を成功させたのかを問います。作品はSonia Boyceの “Lay Back, Keep Quiet and Think of What Made Britain so Great, 1986" 。


“The House That Jack Built, 1987" © Donald Rodney



作品名は英国で親しまれているマザーグースの「ジャックの建てた家」から。ご存知でしょうか?この歌はつみあげ歌と呼ばれる、後から文を付け足していってどんどん長くなっていく言葉遊び歌です。Donald Rodneyはこの童謡と自身のファミリーツリー(家系図) を重ね、彼のルーツが7500万人の亡くなった黒人の上で存在していると作品に書いています。これはカリブ海域で奴隷としてまたは奴隷解放運動で戦って亡くなった彼の祖先達の数を示唆しているのでしょうか。 背景には作家自身のX線写真を使っています。難病の遺伝性貧血病である鎌状赤血球症Sickle-cellを患っていた作家ですが、調べてみると36歳で亡くなっています。作品は “The House That Jack Built, 1987"。

“Dreaming Rivers, 1988" © Martina Attille



1940年代後半にカリブ海から英国に移住してきた家族の話を描いた作品。時が止まってしまったかのように日々をおくる女性、Miss Tとその様子を見守る家族である英国生まれの子ども達の姿がドラマのような形で描かれています。 Martina Attilleはカリブ生まれの移民の女性達に取材を重ね、各々の像を継ぎ合わせていくことでMiss T像を作り上げています。作品は
“Dreaming Rivers, 1988"。


“Roadworks,1985" © Mona Hatoum 作品映像はこちらから。


80年代の南ロンドン、ブリクストン。労働者階級の黒人の割合が大半を占めていたこの区域において、Mona Hatoumはドクターマーティンのブーツを引きずりながら素足で路上を歩くパフォーマンスを一時間に渡って行ないました。ドクターマーティンのブーツと言えば当時はおしゃれな靴というより警察官やスキンヘッド御用達の靴として、権力や暴力の象徴だったそうです。実際彼女は通りすがりの人に、「あんた、警察に追われているのかい?」と話しかけられてきたとか。作品は“Roadworks,1985"。


“A Fashionable Marriage,1986" © Lubaina Himid
インスタレーションのイメージを伝えるため2枚の写真をパノラマ状につなげてみました。左図手前の赤いコートを着ているのが美術評論家。右図の黄色いドレスがサッチャー首相、その右隣がレーガン大統領。

“Marriage A-la-Mode,1743" William Hogarth © The National Gallery, London
一番左手前がオペラ歌手、右手黄色のドレスが伯爵夫人、その右隣が弁護士。この連作全てを解説付きでご覧になりたい方はこちらから。


最後はこちら、 Lubaina Himidの “A Fashionable Marriage,1986"。18世紀の風刺画家、ウィリアム・ホガース(William Hogarth)の作品、「当世風結婚」(Marriage A-la-Mode,1743)から題名を取ったもの。「当世風結婚」は18世紀ロンドンを舞台にお金の欲しい没落貴族と名誉の欲しい成金商人の政略結婚とその破局を描いた連作画。ホガースは風刺画の父と呼ばれ、見るたびに新しい発見のある細部に凝った作風で知られています。さてホガースの絵画(シリーズ4枚目)とヒミッドのインスタレーションとを見比べてみると…。構図はよく似ていますが、オペラ歌手は美術評論家に変わり、伯爵夫人となった商人の娘はサッチャー首相に、その愛人の弁護士はレーガン大統領と80年代風刺バージョンに見事にアップデートされています。さらにサッチャー首相をメイ首相に、レーガン大統領をトランプ大統領に変えれば2017年バージョンにもすんなりいけそうですね?紹介してきた30年前の作品群、どの作品も今も色あせていません。

実は数日前、ヒミッドは今年から年齢制限を取り払ったターナー賞の最終候補に最年配の62歳でノミネートされました。80年代の英国においてアパルトヘイト反対運動から黒人フェミニズム、美術を含む黒人運動の大きなうねりが起こる中、多民族都市のノッティンガムはその中心的な役割を果たしました。そしてヒミッドもそのリーダーの一人でした。そういった作家がレースに加わることで今年のターナー賞展はひと味違ったものになりそうです。




Profile of 笠原みゆき(アーチスト)

笠原みゆき

©Jenny Matthews

2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。
Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。

ウェブサイト:www.miyukikasahara.com

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