うらをかえすと

番長プロデューサーの世直しコラム Vol.125
番長プロデューサーの世直しコラム 櫻木光

ゴールデンウィークの途中に出社日があって、明日から5連休という火曜日。
夜、帰宅してから、ハードディスクの中にたまっている映画を消化すべく、朝方まで3本の映画を見続けました。
明るくなってきて、満足したら、猛烈におなかがすいたので、恵比寿駅前のマクドナルドにハンバーガーを食べにいく事にしました。

家を出て、恵比寿駅までの間、結構な数の酔っぱらいがゾンビのようにふらふら徘徊していて結構笑えます。
今日から休みだからなあ、みんな飲んでるなあ、と。
いい光景。

マクドナルドで朝セットを食べて、満足したので残ったコーヒーを持って恵比寿駅東口の階段を上ったところにある喫煙所に行って一服することにしました。

まだ、空気が青い感じの時間。
駅の出口下の踊り場で、広場のすみにある喫煙所とその周りには人影は全くありませんでした。
いい感じで煙草を吸いながら、さっき見た映画のことを思い出していたら、端っこにある自動販売機の陰に真っ白いハンドバックがぽつんと置いてあるのが目に入りました。

周りを見渡しても相変わらず誰もいない。
ハンドバックを手に取ってみると、ファスナーが開いていて、中には財布、化粧ポーチ、社員証、折り曲げられた書類などが入っていました。

あー、やられたな。直感的にそう思いました。
この界隈のどこかで飲んでいて、酔っぱらったところにバッグをパクられて、金だけ抜かれて後は放置か?

まず先に、あたりをもう一回見回し、持ち主らしき人がいないのを確認して、なんかドキドキするなあ、何でだろう?と思いながら中に入っていた財布を開いてみたら、案の定小銭しか入っていない。

カード類は入っているので本当に金だけ抜いたんだろう。
かわいそうに。
社員証や書類、カード類が入っている。はやく見つかった方がいいだろう。
飲み屋でバッグ盗られて、機密書類なんか入っていたらこの持ち主が会社を首になったりする。
自分には全く似合わないそのハンドバックを持って駅前の派出所に行きました。

派出所に着いて、 「おはようございます。落とし物ですよ。東口の喫煙所においてありました。」とハンドバックを渡す。
謝礼は要求しますか?しません。では謝礼を放棄する書類にサインをお願いします。
かばんのおいてあった状況はどういう状況ですか?どこにありました?
みたいな面倒臭いやりとりがあった。

書類にサインしながら、 「今日から休みが長いから、昨日の夜から酔っぱらいまくった奴が多くて、こうやって、かばんパクられて、金だけ抜かれて捨てられてる人が沢山いるかもしれませんねー」とわざと言ったら、応対に出た若い警官の目つきがかわった。ねとっとした湿っぽい目つきで僕を正面から見ながら一言、「お詳しいですね。」と言った。
「何で金が入ってない事をご存知なんでしょうね~」と。

なんとなく想像していた展開だが、カチンときた。
「おいおい、ちょっと待てや。その言い草はなんだ?俺が金かっぱらったみたいじゃねえか。
何が入ってるかどうかは開けて確認するさ。機密とか入ってたらすぐ届けてあげたいからな。
わざわざ持ってきてるのにその扱いかよ。おまえふざけてんのか?」と若い警官を怒鳴った。
「ふーん」みたいな態度の警官。なんか疑ってるイヤーな感じ。

そこに、横で見ていた年配の警官が割って入り、
「お前、その態度はよくないよ。わざわざ朝早くから落とし物のかばんを届けてくれる人に対してそんな態度をとっちゃいかん。ありがとうございましたと言わなければ。お兄さん、ありがとうございました。お引き取りください。あとはこちらで対応しますので。」
と言ってその場をおさめた。

派出所から家に帰る途中、むかついてしょうがなかった。
なんか腑に落ちない。朝っぱらから徹夜明けでなんか変な気分。
この気分が何なのか歩きながら考えた。

ハンドバックを拾った。中を見たら社員証やなんやかんや。
自分が無くしたら本当に困るような物が入っていたから、その女の人が早く安心するようにすぐに警察に届けたんだ。
それを、さも人が金をパクったように言いやがってあの巡査。
もう一回戻ってまた怒鳴りつけてやるか。とか思ったんだけど何か違う。 それは建前だ。

そういうことじゃないんだ。 半分、正義を行った事へのいい事をしてやった感はある。確かにある。

ただ、ハンドバックを見つけたときに感じたドキドキ感は自分の中の半分のダークサイドから来ている。
平たく言うと、見つけたハンドバックに、もしかしてお金がはいってないかなあ?
入ってたらどうしようかなあ?と思った事に対する罪悪感だ。
だからドキドキしたんだろう。

財布を開けて中身が無い事を確認した。予想通りだったからある種ほっとしたのだ。
だから胸を張って派出所に届けた。
ただ、財布を開けて見た事に対する罪悪感から、わざと警官に犯罪者心理的な事を話した。
そしたら、まんまと警官が引っかかってきて疑うような目で僕を見た。

警官にあんな態度を取らせたのは自分である。
それを、まんまと引っかかりやがってこの馬鹿め、という気分と、お金が入っていたら自分で盗っちゃったかもしれないという後ろめたさを見透かされた気がしたという気分が一瞬で交錯したのだ。
だからカチンと来た。カチンと来たというか、うろたえたのだろう。

自分の気持ちを偽らずに言うとそういう事だったんだと思う。
人間の感情なんてこんな程度の事でも複雑に入り組む。
漫画で天使と悪魔が自分の頭のまわりで話しかけてくる図に本当に似ている。

建前を本音と思い込んではいけない。建前はいつも立派で都合のいい嘘だからだ。

建前を振りかざして、警官に対して善人面して怒鳴りつける。

これじゃネットで日々行われている、ものすごい気持ちの悪いやり取りと同じになっちまう。
政治家の暴言に対して一言を取っ捕まえてギャーっとなってる事にも近い。
感じた嫌な気分は、自分で色々解ってやっているくせに警官を怒鳴りつけた。
僕は建前を盾に取って、いい人面して小さいヒステリーを起こした。

その行為が、解ってるくせに言葉尻を捕まえてやんややんや言って誰かを攻撃するネットの住民や、自分に関係のない芸能人の不倫にヒステリーを起こす暇な主婦と同じような事を自分がやったという事に気づいたからだ。

自分の感情がキーっとなるときは、裏を返すと、自分の中に後ろめたい気持ちがあるものだ。
キーっとなったときは、その原因と見つめ合う行為が必要なんだなと思った。
ネットで人のやってる事にぎゃーぎゃー言う奴や不倫が嫌いな主婦たちは、自分がなんでそんなに怒っているのか?建前の部分を外して考えてみればいいのに、と自分の事を棚に上げて思った。
自分の触られたくない感情と冷静に向き合えればいろんな事がもめずに解決するだろう。

世直しが必要なのは俺だった、的な話であるのだが、一発レッドカードの社会とか漂白された社会といわれる息苦しい昨今は、ほとんどこの建前は正義という考え方でできている。
うるさく言う奴らは、ちゃんと自分の欲と向き合った時に果たして人のことをとやかく言えるのかよく考えたほうがいいと思う。
そうでなければただの欲求不満のはけ口でしかないからだ。

Profile of 櫻木光 (CMプロデューサー)

プロデューサーと言ってもいろんなタイプがいると思いますが、矢面に立つのは当たり前と仕事をしていたら、ついたあだ名が「番長」でした。


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