イラン式料理本 @シネマ ジャック&ベティ
- ミニ・シネマ・パラダイスVol.5
- ミニ・シネマ・パラダイス 市川桂
本コラムはミニシアター映画について書くコラムではありますが、もう一つのテーマとして映画館そのものについても書くコラムでもあります。(そうあってもいいと思っています。) なるべく色んなミニシアターに足を運び、その感想を皆さんにお届けできたらと考えています。ミニシアターは独特の雰囲気があります。大体がスクリーンは1つから2つ程度という小さい規模の中で、それぞれに個性があります。 運営側には上映する映画の方向性(ヨーロッパ圏の映画が多い、邦画が多い、アート色が強い・・・etc)があるので、館内の装飾や雰囲気、働いている方などにその特色や個性が現れてきます。そのため、まだ行ったことのないミニシアターに行く際は、どんなところなのか、とても楽しみなのです。ただ、最近足を運んでいる東京都内にあるミニシアターは、どこも新しく綺麗で且つアート色が感じられ、オシャレなところが多く、素敵ではあるのですが、似たり寄ったりな印象。「ここはすごい映画館だな!」といった驚きはなかったので、少し物足りない気持ちでした。
その為、今回はどのミニシアターに行こうかと考えたとき、前から気になっていたとある映画館が思いつきました。 横浜にある「シネマ ジャック&ベティ」、名前からして本当に映画館なのか?といった不安を煽ってくるネーミングをもったミニシアターです。場所は黄金町(コガネマチ)というあまり聞きなれない土地です。ホームページをチェックしてみても、かなり沢山の上映をしているようですが、「一度閉館したことがある」などの情報もあり、全容が分かりませんでした。
名前もアヤシイ、場所もそんなにメジャーなところではない、むしろ映画館の需要があるのか? そんなところに単館映画を観にいく人がいるのか? など、かなりの不確定要素に、逆に惹かれて、とりあえず2011年山形国際映画祭でコミュニティシネマ賞を受賞したイラン映画「イラン式料理本」なるものを観に行こうと、横浜・黄金町をめざしました。
京浜急行線で横浜駅から3駅目、時間にしてわずか10分。降り立った駅は単線で改札はひとつのみ、駅前にはコンビニしかなく、駅を出ると冷たい風がビュッと吹きすさびます。すぐ側にある橋を渡り、殺風景なシャッター商店街を歩きました。個人経営の古本屋とコインパーキング、昼間なのに人の気配がないところを歩いていると「本当にここに映画館があるのか?やはり閉館しているのか?」とドキドキしてきました。
おもむろに中華料理屋が現れ、その隣にようやく映画の立看板が見え、「シネマ ジャック&ベティ」にたどり着いたときはホッとしました。右が中華料理屋、左はシャッターがおりており、テナントが3つ入る2階建てのマンションのような外観。所狭しと映画ポスターが貼られていて、ここが映画館なのだと主張しています。
いよいよ中に入ったところ、見た目のビルこそ古いですが、中はとても綺麗で、1階部分はすぐに階段になっており、2階に上るとチケット売り場と、階段を真ん中に左右に分かれて2つのスクリーン(それぞれジャック、とベティという名前)があります。照明は少し暗め。外には人っ子一人いなかったのに、そこには年配の方から、若い方まで幅広い年代層のお客さんが沢山いました。館内はアットホームな雰囲気もありつつ、赤のベルベット調の絨毯の床など、昔ながらの良い感じの映画館といった“小洒落た”雰囲気。いたるところに映画のチラシが置いてあります。ここだけでも時間をつぶせそうな密度の高い空間でした。 ジャックとベティのスクリーンの前には、黒スーツを着た支配人風の男性が立ち、ドアを開けてスクリーンに案内してくれます。 入っただけで、この映画館が映画好きの人たちに愛されて支えられて、この場所でずっと愛されてきたのだろうなと、伝わってくるような場所でした。
今回は赤が基調となったスクリーン『ベティ』で鑑賞。 『イラン式料理本』はイラン人家庭のキッチンで女性たちが料理をする姿を撮影し、その様子から浮かび上がるイラン社会を映し出すドキュメンタリーです。登場する7人の女性は年齢や立場などは様々で、100歳のおばあさんから、20代の主婦業をしながら大学に通う女性までいます。 固定カメラでキッチンと料理をする女性を映しだし、「ここでスパイスを入れる」、「しっかり捏ねなきゃダメよ」など、料理の話や、監督との会話をきくことができます。
手間隙かかる料理は、朝から夜まで女性達がキッチンにたち続けることによって作られており、その料理に奪われている時間の長さに驚きました。会話の軽快さは面白おかしくユーモアがあり、料理を作る工程は興味をそそられます。そして何気ない監督の質問とその答えに、イラン社会の抱える女性問題が浮かび上がり、感じるとることが出来る映画でした。
上映が終わると、お客さんは各々サロンで話し込んだり、他のチラシを物色したりと、すぐに映画館を出ずに、ゆったりと時間を過ごす方が多いように見受けられました。映画のラインナップも豊富で、一日の中で色々な映画を上映しているので、リピーターも飽きることがなさそうです。
「シネマ ジャック&ベティ」、調べたところ、当初は「横浜名画座」として開館し、かつて隣接して営業していた横浜日劇とともに「洋画は日劇、邦画は名画座」のフレーズで地元密着型の映画館として親しまれた映画館とのこと。一度は閉館の憂き目にあいましたが、地域の方の熱い後押しもあり、営業を存続できたそうです。
不安交じりで行ってみましたが、良い意味で裏切られ、かなり魅力的な映画館でした。
Profile of 市川 桂
美術系大学で、自ら映像制作を中心にものづくりを行い、ものづくりの苦労や感動を体験してきました。今は株式会社フェローズにてクリエイティブ業界、特にWEB&グラフィック業界専門のエージェントをしています。 映画鑑賞は、大学時代は年間200~300本ほど、社会人になった現在は年間100本を観るのを目標にしています。