膚の下に秘められた愛 ー Casting Intimacy Alina Szapocznikow @The Hepworth Wakefield
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- Vol.67
- London Art Trail 笠原みゆき
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The Hepworth Wakefield。建物の周りは水で囲まれ、湖上に立つ城のよう。
北イングランドの西ヨークシャーにある古都、Wakefield(ウェイクフィールド)をご存知でしょうか。人口10万人弱ですが、12世紀まで歴史を遡る大聖堂や城跡があり、15世紀に起きた薔薇戦争、イングランド王室の後継・権力争いの舞台にもなった都市。その後も羊毛産業の中心地として栄え、18世紀には石炭や繊維の貿易で発展しました。さてここで問題。ウェイクフィールド出身の英国を代表する彫刻家は誰でしょう?答えはバーバラ・ヘップワース。隣町出身のヘンリー・ムーアは学友。今回は彼女の名をとって2011年にこの地に建てられた現代美術館、The Hepworth Wakefield からのレポート。美術館は昨年、英国において最も想像力豊かな、革新的で卓越した美術館に送られる“Museum of the Year"を受賞しました。
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シャポチニコフの初期の作品の展示室。年代ごとに4部屋に分かれて展示されていた。
膨大なヘップワースの作品の常設展に加え、現在 Human Landscapeと題してポーランド人彫刻家、Alina Szapocznikow (アリナ・シャポチニコフ)大回顧展が開かれています。シャポチニコフはポーランド系ユダヤ人として1926年に生まれ、第二次大戦中はアウシュヴィッツ収容所を含むナチスの強制収容所を転々としながらも生き残った作家。彫刻のみならず素描を含む100点以上の作品に加え、個人的な写真や書簡なども展示されていました。初期のシャポチニコフの作品はブロンズや石などの伝統的な素材を使った作品を展開していますが、60年代半ばに入ると、フェミニスト・ボディアートの先駆者として、自らの体の型を取り、大量消費社会と女性の商品化を意識した、工業用のプラスティック樹脂で鋳造した作品を展開していきます。脂の乗ったこの時代からの作品をいくつか紹介します。
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Illuminated Lips,1966 ©The Estate of Alina Szapocznikow
宙に浮かぶのは輝く真紅の唇。アイルランドの作家、Samuel Beckett(サミュエル・ベケット)の戯曲で女優の唇だけが登場する“Not I"(1972年初公演)を彷彿させる作品はIlluminated Lips,1966。自らの唇を型取り卓上ランプに仕上げたこの作品はシリーズ作の一つ。
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Bouquet ll,1966 ©The Estate of Alina Szapocznikow
等身大の腕のないドレスメーカーのダミー(マネキン)のような全身像。型取った作家自身の胸と、複数の顔がつけられ、頭には花のように咲く口紅を塗った唇が生えています。思わず、"十一面観音みたい!ありがたやー"という気持ちになりますが、樹脂と石膏で作られたこの作品の題名はBouquet ll,1966。レオノール・フィニ(Leonor Fini)が1937年にデザインし、当時最も売れた香水瓶“Shocking"のパロディともいえ、女性を商業品として扱うことに対する批判を込めた作品。
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Dessert ll,1970-1971
©The Estate of Alina Szapocznikow
美味しそうなアイスクリームには真っ赤なチェリーがのっていて…。でもよく見ればその赤いものは女性の乳房!上品なカンニバル(人食い)?男のファンタシー、それとも母性愛?様々な解釈のできるこの作品は Dessert ll,1970-1971。
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Big Beach, 1968.
©The Estate of Alina Szapocznikow
大きな砂浜 (Big Beach, 1968)と名付けられたこの作品、砂浜に静かに集まっているのはカブトガニか何か?ではなくて女性の腹部に男性の性器!発泡スチロールや樹脂で作られたこの作品ですが、何故かウミガメの産卵場を見ているような神聖な気持ちになるのは私だけでしょうか…。シャポチニコフは自身の腹部の型を使ったシリーズの作品をこの時期幾つも制作しています。
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Tumours Personified,1971.
©The Estate of Alina Szapocznikow
乾いた砂利の上のあちらこちらに横たわっているのはシャポチニコフの顔のついた塊! 作品名はズバリ、腫瘍の擬人化(Tumours Personified,1971)。1968年に2つの腫瘍が見つかり、1969年に乳癌の宣告を受けると彼女はこの腫瘍シリーズを作り始めます。丸めた紙を軸としてポリエステル樹脂とグラスウールで作られたこの作品には、墓地にシャレコウベが散乱しているような不気味さがあります。迫り来る死への恐怖が10代の頃経験したホロコーストの記憶と重なっていたのでしょうか。
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Bachelor's Ashtray,1972. ©The Estate of Alina Szapocznikow
作品の内側は吸殻で溢れ、受け口の部分は対称になる二つの顔型で出来ています。一方の唇はうっすら微笑んでいるようですが、もう一方の唇はやや下がった、寂しそうな唇になっています。唇のみで感情を表す、能面のような繊細な表現。独身女性の心境を表した作品と言えそうですが…。父親を結核で亡くし、自らも1951年から結核を患っていた彼女がタバコを吸っていたとは考えにくく、息子のものかと思われる吸殻でさえ記憶に留めておきたいという気持ちもあったのかもしれません。作品はBachelor's Ashtray,1972。
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Piotr, 1972 ©The Estate of Alina Szapocznikow
同年の1972年、彼女は息子の全身の型を取ります。やせ細った裸体、青白い肌に長い髪、見えない母親(マリア)に支えられているようなその姿はミケランジェロのピエタのキリスト像を彷彿させます。作品はPiotr, 1972。現代のキリスト像を完成させた翌年の1973年の3月、47歳の若さでシャポチニコフはこの世を去ります。
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「儚い命の人の体は、最も傷つきやすく、全ての喜び、苦しみ、そして真実の唯一の源である。(アリナ・シャポチニコフ, 1972年 3月)」
Profile of 笠原みゆき(アーチスト)
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©Jenny Matthews
2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。
Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。
ウェブサイト:www.miyukikasahara.com