スペアパーツは誰のもの? @Science Gallery London
- Vol.82
- London Art Trail 笠原 みゆき 氏
ロンドンブリッジ駅を出ると目の前に削りたての鉛筆のように鋭く聳えるザ・シャードのビルが目に入ります。そのすぐ裏にあるのがキングスカレッジオブロンドン。今回はここ、キングスカレッジにオープンした、サイエンスギャラリーロンドンより、The Spare Parts展をお伝えします。
まず迎えるのはSFに出てきそうな黒光りするモニュメント。ピラミッドを模した頭部、そのすぐ下には人間の細胞組織のアニメーションが映し出され、胴体部には四方に古代の遺跡の暗号のようなイラストが浮かび上がりっています。そして中央に設置されたバイオリアクター(生物反応器)からは小さな手や足などのような身体のパーツが産み出されています。作品解説の冒頭には、この「Monument to Immortality (不老不死への記念碑) は永遠の命の秘密を探るため自然そのものまで支配しようとする人間の欲望に対しての見解を述べている。」と何のことやらさっぱり??まるで謎解きのよう。答えはこの先に隠されているのか早速見ていきましょう。
暗闇に浮かび上がるのは文字を刻むタイプライター、文字はタイピングの文字ではなく、手書きの文字のよう。その隣には球形のスピーカー、そしてスマホサイズの画面にデジタル化された人の顔が映し出され、 コードで神経のように繋がれています。作品はBill HartとSvenja Kratzの“Ghost Writer” で、この筆記は実は作家の手書きの物語を基にニューラル・ネットワークを使って書かれているんです。簡単にいうと作家の手書きの文を一度数式的なモデル(アルゴリズム)に置き換えて再現するというAI(人工知能)の技術を使っているというわけ。そしてアルゴリズムに置き換えるとそこでAIが創作に参加できるようになり、作家が描いた物語をAIが引き継ぐことが可能になリます。じゃあ、作家とAIが共同製作したものって著作権はどうなるの? そんなAIの技術が向上するのと同時に著作権問題が最近活発に議論されています。実際日本でも今年著作権法が改正されクリエイティブ分野へのAIの進出は加速される見込みです。有名人の本のゴーストラーターは実はAIだった!という日がくるのもそんな先の話ではないのかもしれません。(AIの法律問題についてはこちらをどうぞ。)
こちらもまたモニュメント?中を覗くとなんとそこには無数のミツバチが!?どうやら塔のような形をした養蜂箱のようです。養蜂箱ってことは、蜂が蜜を取りに行くんだよね?と裏側に回ってみると箱から5センチ幅ほどのチューブが窓に繋がれていて。そして見えます、たくさん見えます。そこから勢いよく外界に飛び出していくミツバチ、そして花粉を団子状に丸めて足につけて戻ってくるミツバチの姿が。作品は “Hivecubator 2.0”で、Beehive (養蜂箱)と incubatorを合わせた造語。 Incubatorって 孵卵器、保育器とか培養器って意味ですよね。じゃ一体そこで何を育てるの? Hivecubator 2.0の壁にはコントロールパネルのようなものが。「二酸化炭素:8.46%、温度:28.9度、湿度:65.84%」と表示されていて、十分な酸素、温度そして湿度を生み出すこの養蜂箱の環境は実は人間の皮膚細胞を育てるのを想定したものなんだそう。ポリネーター(送粉者)として私たちの食生活を支えている蜜蜂ですが、近年、環境破壊、農薬の乱用などで急激な減少が深刻な問題になっています。蜜蜂パワーで皮膚細胞の培養!と驚きのアイデアは美術家、活動家で養蜂家であるMichael Biancoの作品。
地表から炎が燃え盛り、近未来風の衣装をまとった二人の女が現れ、顔のない男の体に新しい臓器を埋め込んでいきます。男は一度死にかけますが…。 これは腎臓移植を行い、生死をさまよった作家自身の体験を描いた映像作品 John A Douglasの “Circles of Fire“で、14世紀の壮大なダンテの詩『神曲』の地獄篇 (Inferno)をその基本構成に使っているのだそう。トルクメニスタンにある炎吹き上がるカラクム砂漠、カナダの水玉模様の湖、スポッテッドレイクなどの神秘的な風景を映像に用いています。
ジーコ、ジーコ、ジーコと印刷音のような音がしていて女性がその音の源である器械をじっと見つめています。そして「これです。」とその器械で印刷した3Dの小さな耳を見せてくれます。でも3Dプリンターは今では家庭用もあるし珍しくないですよね?「科学者とデザイナーは30年後をめどに人体への実用化を目指して研究を行なっているんですよ。」実は現在、人の骨や体のパーツなどを癌細胞から培養する技術の研究が行われているんだそう。なんで癌細胞からかというと、他の細胞に比べ、育つのが異常に早いからだとか。悪玉細胞が救世主になる日が近い将来くるのでしょうか。3Dプリンターや机の置かれたエリアは「Maker’s Space」称したイベントやワークショップ空間になっていて、訪れた時も家族連れが熱心にこの先の科学とアート、デザインについてギャラリーのスタッフに質問をしたり、議論を行なったりしていました。
Profile of 笠原みゆき(アーチスト)
2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。
Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。
ウェブサイト:www.miyukikasahara.com