緊急事態に遭遇したら
- 番長プロデューサーの世直しコラムVol.49
- 番長プロデューサーの世直しコラム 櫻木光
昨年の暮れ、12月23日、休日の夕方。
渋谷に買い物に行こうと思い、自宅近くのバス停でバスを待っていました。
もうすぐ陽の落ちきりそうな、薄暗く、ずいぶん寒い時間帯でした。
バス停には、地味なジャンパーに両手を突っ込んで前屈みのおじさんと、上品そうな背の高いおばさん、若いカップル、これからクリスマスパーティーに行くんだろうなあというおめかしした女の人、そして僕の6人が並んでバスを待っていました。
なにげない夕方の、バス停の様子。
クリスマスパーティーに行くだろう女の人は、白いジャケットに白いスカート。きらきらのバッグと、シャンパンのボトルの入った紙袋を手に提げている。ばっちり化粧して、勝負感がみなぎっている。とにかく真っ白な印象。
バスがなかなかこないので、みんな小刻みに体を動かしている。
で、いきなりその場の空気が変わりました。僕は、最初は何が起こったかわからず、呆然でした。
クリスマスパーティーに行くと思われる女の人が、いきなり棒のように緊張してびくびくと痙攣しだして、あっという間に、顔から地面に叩きつけられるように倒れてしまったのです。
あっという間の出来事でした。えええ~っ。
倒れた女の人は、倒れたまま、まだ棒のように体がつっぱったまま、びくんびくんしている。白い服は半分泥だらけです。
顔も半分真っ黒。彼女の持っていた荷物があたりに散乱しています。
「大丈夫ですか?」と声をかけても反応がなく、痙攣を繰り返している。
並んでいた背の高いおばさんが寄ってきて、僕に「どうしました?」と聞いてくる。
「わかりません、てんかんですかねえ? 頭もしこたまうっちゃったみたいだし、動かさない方がいいですね。救急車を呼びましょう」
119番に電話しました。
「え~、バス停でバスを待っていたら女の人がいきなり痙攣して倒れちゃったんですけど、危なそうなので救急車をお願いします」
「お連れの方ですか?」
「違います」
「住所はどちらですか? 住所がわからないと伺えません」
バス停の正確な住所なんか知るか!
「住所なあ? どこだろう? バス停なんです。光林寺前です。明治通りの南麻布近辺なんですけど」
なんとなくかみ合わない会話で、なんとか救急車を呼びました。
なんともショッキングなことが目の前で起こっているのに、背の高いおばさん以外の人は、まったく知らないふり。無視。何ごともなかったかのように、やってきたバスに乗り込んで去っていく。地味なジャンパーに両手を突っ込んでいたおじさんは、聞いてもいないのに「俺、バスで家に帰らなきゃいけないからさ」と僕に耳打ちしてさっさとバスに乗り込んで行ってしまいました。
手伝いたいけど急いでると言いたいわけだな。きっと。
「あ~あ、おめかししてるのにかわいそうに」と背の高いおばさん。
救急車を待っている間に、意識が戻ってきたようです。「う~う~」とうなりはじめ、うつぶせの状態から立ち上がろうとしました。でも手に力が入らないらしく立てないでいます。
声をかけました。
「まだ立たない方がいいですよ。頭をひどく打ったみたいだから」
そしたら、その女の人、顔だけこっちに向けて、半分泥にまみれた状態で、ものすごく恨めしそうな顔して僕をにらみ、「は~?」
状況がよく飲み込めないのだろう。まあいいや。
「救急車を呼びましたからね。もうすぐ来ますから」
「は~?」
「なんかの発作を起こしていきなり痙攣して倒れちゃったんですよ。あなた」
「は~?」
なんか怒られてるみたいだなあ。気分悪いなあ。まあいいや。気が動転してるんだろう。仕方ない。
そんなこんなで救急車を呼んだ手前、その場を立ち去ることができなくなった。
その間、渋谷行きのバスはどんどんやってきて、その都度、いろんな人が知らん顔して乗り込んでいく。変な目で見る人もいる。手を貸してくれたのは、背の高いおばさんだけである。
倒れた女の人が、「う~う~」ってうなりながら、必死で立ち上がろうとするので、背の高いおばさんが「起き上がりたいの? じゃあ支えてあげるからゆっくり起きなさい」って抱きかかえて起こしてあげている。僕は散乱した彼女の荷物をとりあえずまとめてあげて、座らせたベンチの横に置いた。
次の瞬間、倒れた女の人は、僕の手からカバンをひったくるように取り返し、やおら携帯電話を手に持ち、さっと足を組んで、なんと携帯メールを始めた。ピコピコ。パーティーにいけなくなっちゃった。ピコピコ。みたいな感じだろうか? あっけにとられて、背の高いおばさんと顔を見合わせてしまった。
そうやっているうちに救急車が到着。車道に出てこちらの位置を知らせました。
救命士が書類のボードを持って降りてくる。
「どの方ですか~?」
「こちらです」
みたいなやりとり。
救命士が矢継ぎ早に質問する。
「だいじょうぶですかあ~? どうしました~?」
「あなた、いくつですか~?」
「27で~す」
ずいぶん間抜けなことを聞くもんだなあ。
僕にも「お知り合いですか~?」と聞いてくる。
「違います」
背の高いおばさんにも
「お知り合いですか~?」
「違います」
「お知り合いでもないのに、連絡をしていただいた。そういうことですね?」
「はい、そうですが」
それがなんか重要なんでしょうか?
また、倒れた女の人に質問が向く。
「どうしました~?」
女の人はさっき僕にしたみたいに「はあ?」と答えている。
なんじゃこのやりとり。らちがあかないので、僕が救命士に状況の説明をしました。
「わかりました」
すると救命士、やおら僕に書類のボードをつきだし、
「ここにサインをください。通報してくださった方のサインが必要です」
いいけど、宅急便か? はいはいしますよ。サイン。
「あっ、一応、ここに連絡先の電話番号も書いておいてください。何かあるといけないので。この後、この女の方は私どもが責任を持って病院に連れて行きます。その後検査をしていただいて、問題がなければ家に帰ってもらうことになります。あなたは今後一切関係ありませんので」
となぜか段取りの説明をはじめました。どうでもいいけど早く連れていったほうがいいんじゃないですか? 関係ないって、じゃあ電話番号はいらないんじゃないですか?
一通り段取りの説明が終わると、救命士、また倒れた女の人に聞いている。
「怪我してないですか~?」
女の人はストレッチャーに乗せられる前に、いきなり自分の顔を僕の前につきだして、あごのあたりを指さして言いました。
「怪我してない?」
またもやあっけにとられてしまいました。
「よごれてるよ、泥だらけ」と返すと、「ふん」って感じでストレッチャーに乗って救急車に乗せられて行ってしまいました。
背の高いおばさんがつぶやいた、「なんなんですかねえ一体?」
僕の目の前で人が卒倒した。尋常じゃない状況だったので、救急車を呼んだ。僕にも予定があったにもかかわらず、通報した手前、立ち会うことになった。それはそれでいいのだ。人として当たり前のことをした。
しかし、なんなんだ、この後味の悪さは。そこで一時間半くらいの時間が過ぎて、渋谷行きのバスは10本ほど通り過ぎていき、ついに渋谷に行くのをあきらめた。(ヤマダ電機で掃除機を見たかっただけだからいいけど)
倒れた女の人は倒れて気が動転していたんだろうが、なんのお礼も謝罪もなかった。それどころか、変な顔でみられ、しまいには「ふん」だ。メールする冷静さもあったんだろうから、人に迷惑をかけたことくらい気づいてもいいんじゃないか? とも思う。
救命士に、なぜか長々と段取りの説明を受けた。救急じゃないのか?
次々にバス停にやってきては乗り込んでいく人たちには好奇の視線を向けられ、または、関わっちゃいけない人のような無視のされ方をした。
「なんなんですかねえ一体?」
おばさんのつぶやきに集約される。これがこの国の空気感だと思う。緊急のことが起きたときの、どうしていいのかわからず準備のできていない人たちの空気感。なんというか一言では言えない、嫌な感じの漂う空気感。
会社や学校やいろんなところで、このかみ合わない空気を感じるのだ。すかっとしない。なんなんだ一体。悪い夢でも見ながら暮らしているようだ。
Profile of 櫻木光 (CMプロデューサー)
~株式会社リフト 第一制作部 チーフプロデューサー~
- 1968年 佐賀県生まれ、44歳。
- 1991年 ニッテンアルティ入社(旧 日本天然色映画株式会社)
- 2000年にプロデューサーに昇格。
- 2009年 社名がリフトに変更。
プロデューサーと言ってもいろんなタイプがいると思いますが(日本にはCMプロデューサーと名乗る人が2000人もいるそうです)、自分のケツを自分で拭こうとしているプロデューサーは何人いるでしょうか?矢面に立つのは当たり前だとつっぱって仕事をしていたら、ついたあだ名が「番長」でした。根性論を書いているかと思ったら、意外に現実論者でもあります。
<主なプロデュース作品>
- AGF ブレンディボトルコーヒー(原田知世さんと子供)
- 日清食品 焼きそばU.F.O
- マルコメ 料亭の味
- リーブ21 企業CM
- コーセーサロンスタイル 『髪からはじまる物語」行定勲監督Webムービー
- クレイジーケンバンドPV