トライアングルオフェンス
- 番長プロデューサーの世直しコラムVol.47
- 番長プロデューサーの世直しコラム 櫻木光
ちょっと、マニアックな話になります。今、テックス・ウィンターという人が書いた「トライアングルオフェンス」というバスケットボールの戦術書を読んでいます。
トライアングルオフェンスという戦術は、マイケル・ジョーダンのいた全盛期のシカゴブルズ、その後黄金期を迎えたコービー・ブライアントのいるLAレイカーズが採用したオフェンスシステムです。
この攻撃法はそもそも、ずいぶん昔、1950年代に同じテックス・ウィンターに考案されていたのですが、平たく言うと難しすぎて、何十年もほったらかしになっていました。
どういう戦術か――と書き出してはみても、簡単には説明がつかないほど難しく、選手用の技術書になると電話帳一冊分くらいの攻撃のパターンが記されているらしいです。前書きだけ読んでみても、さながら哲学書のようです。バスケットボールをプレイするための心得みたいなことが、延々書いてあります。
要点を抜き出すと、バスケットボールは1人のスター選手の活躍だけで勝ち抜いていけるほど甘いスポーツではない。だから、試合に出ている5人の選手全員に電話帳1冊分の攻撃パターンを実行させて、相手の防御の的を絞らせず、チーム全員に得点する義務を与える。といったところでしょうか。
名将といわれるフィル・ジャクソンがシカゴブルズのヘッドコーチに昇格するときに、ブルズの攻撃の戦術として採用して脚光を浴びました。
当時のシカゴブルズは、マイケル・ジョーダンのワンマンチームで、決して弱くはないんだけれど、いいところまで行くといつも負けてました。ジョーダンが2~3人がかりで抑えられてしまうと、何もできないチームでした。マイケル・ジョーダンはNBA最高の基準と言われながらも、7年も優勝できないで苦しんでおりました。
そこにフィル・ジャクソンが持ち込んだ、トライアングルオフェンス。選手全員がその複雑なシステムを理解するところから始まって、実行し、それからのブルズはジョーダンが引退するまで6回の優勝。フィル・ジャクソンはその後レイカーズのヘッドコーチになりますが、そこでもコービー・ブライアントを擁して2009年の優勝も含めて4回優勝しています。
日本でNBAブームが起こっていたころは、「ブルズの機会均等オフェンス」とか言われていました。
なんだよ、そんなにいいシステムなら、どこのチームも採用すればいいじゃないかと思いますよね。でも、本当に難しいシステムらしくて、身体能力と個人のセンスとスキルで勝負したい選手の多いNBAでは、チームにこの戦術を浸透させること自体が難しいらしいのです。無理矢理押しつけると、チームが崩壊してしまう恐れもあります。スポーツメーカーとの契約のオプションで出来高制の契約を持つ選手も多いので、個人プレイを徹底排除したらリーグの存立そのものを脅かすかもしれません。
僕の知る限り、フィル・ジャクソン以外にこのシステムを成功させた人はいません。考案者のテックス・ウィンターがいつもフィルのアシスタントにいるというのも強みなのですが、まずは、これをやろうと思い立ち、選手たちを説得して、浸透させ、結果を出させたフィル・ジャクソンの力量を讃えるべきでしょう。
バスケットボールの通常の攻撃の基本は、最初にチームのエースみたいな人が敵と1対1になり、そこを突破できればシュート、できなければパス、ってな感じです。攻撃の順番が見えている。ところがトライアングルオフェンスは5人全員が協調して動くフォーメーションが山のようにあって、それを相手の動きによって臨機応変に変化させる。どこから誰が攻めてくるかがわからないので、防御がしにくい。全員にシュートする意識が強いので、本当はジョーダンのような特別な選手もいらないし、めちゃくちゃでかい選手も不必要です。
このマニアックな本を読んでいると、とにかく知ることが多いのです。この戦術は単にバスケットボールの戦術書にあらず、組織論だからです。
サラリーマンの管理職にものすごい参考になることが、たくさん書いてある。仕事に役立つのは、週刊ダイヤモンドや日経ビジネスみたいな本ばかりとは限らないんです。
まず、何よりもチームの勝利を優先事項と決めていること。リーダーは、我の強い選手と、エース任せにする意識の弱い選手両方にその考え方を徹底させ、試合に出ている全員に矢面に立つことを要求する。
選手同士はコート内で適切な距離を保ち、全員の動きを常に意識して自分の有効なポジションに移動し、次々に起きることに有効に対処しなければいけない。要は、空気を読みまくって試合しろということです。
その上でコート上にいるすべてのプレイヤーは、ディフェンスに驚異を与えるオフェンスをしなきゃいけない。つまり、自分は何が得意なのかはっきり相手が認識するくらいの、個人スキルを磨いておかなければいけない。3ポイントなのかリバウンドなのか、いずれにしろ有機的な組織の動きの中で、自分の必殺技を繰り出す。
そういうことを徹底させることができれば、その組織は強いですよね。
まず、リーダーが、その複雑なシステムの利点をよく理解して、選手たちに示し、困難を乗り切る先に希望があることを伝えることから始めなければなりませんね。
それが徹底され、個々が高等な技術持ち、自由自在に繰り出したら、レベルの高い組織になりますよね。見方を変えればそれは、自分は何をしていいかわからないという選手を生み出さない方法論なのですから。
そういう会社になってくれないもんかなあ。おれんちも(笑)
Profile of 櫻木光 (CMプロデューサー)
~株式会社リフト 第一制作部 チーフプロデューサー~
- 1968年 佐賀県生まれ、44歳。
- 1991年 ニッテンアルティ入社(旧 日本天然色映画株式会社)
- 2000年にプロデューサーに昇格。
- 2009年 社名がリフトに変更。
プロデューサーと言ってもいろんなタイプがいると思いますが(日本にはCMプロデューサーと名乗る人が2000人もいるそうです)、自分のケツを自分で拭こうとしているプロデューサーは何人いるでしょうか?矢面に立つのは当たり前だとつっぱって仕事をしていたら、ついたあだ名が「番長」でした。根性論を書いているかと思ったら、意外に現実論者でもあります。
<主なプロデュース作品>
- AGF ブレンディボトルコーヒー(原田知世さんと子供)
- 日清食品 焼きそばU.F.O
- マルコメ 料亭の味
- リーブ21 企業CM
- コーセーサロンスタイル 『髪からはじまる物語」行定勲監督Webムービー
- クレイジーケンバンドPV