田中角栄の言葉
- 番長プロデューサーの世直しコラムVol.46
- 番長プロデューサーの世直しコラム 櫻木光
【エピソード1】 ある大臣が、ある政策をたずさえて田中亭を訪ねましたが、田中角栄は政策にNGを出しました。そして一言。 「コレだから大学を出てる奴はつまらん。常識と現実でしか物事が考えられん」、「政治家にとって大切なことは空想力だ、その次に大事なことは、その空想を人に話すときのハッタリだよ。最後に、そのハッタリに数式を当てはめろ!」
できることが先ではなくて、やりたいことが先なんですね。まず、自分のまわりがどういう風になったら最高か? を想像して、その理想の実現のために人を説得する術を考える。そういう思考回路で考えないと何をやっても計画はちっちゃいものにしかならないということなんでしょう。 一説には彼は、 「上越新幹線の終点は新潟ではない。中国東北部であり、シベリアだ」 とも言ったらしいです。【エピソード2】 ある時、「頂点を極めるには何が必要か?」との田中角栄の質問に、「味方をつくること」と答えた秘書の早坂茂三氏の答えに対しての言葉。
「違うな逆だ。敵を減らすことなんだ。人の好き嫌いはするな。誰に対しても一視同仁。いつでも平らに接しろ。来る者は拒まず、去る者は追わず。他人のために汗を流せ。できるだけ面倒をみることだ。手柄は先輩や仲間に譲れ。損して得を取れ。進んで泥をかぶれ。約束事は実行しろ。やれそうもないことは引き受けるな。これを長い間続けていけば敵が減る。多少とも好意を寄せてくれる広大な中間地帯ができる。大将になるための道が開かれていく。頂上を極めるには、これしかない」
角栄氏44歳、大蔵大臣の時。今の僕とあまり変わらない年齢です。 こういうことが言えるというのは、ずいぶんいろんなところで壮絶に戦っていらっしゃったからなんでしょう。たぶん傷だらけですね。心も体も。 ある意味「悟り」。とにかく、耳が痛いです。この、曲をつけると歌になるような言葉は、ちょっと僕の今後の人生に大きく影響を与えそうです。 なんというか、うまく言えませんが、今の日本に足りないのは、こういう豪快さや明瞭さ、こういうことを言ってくれるおじさんなんじゃないかと思えてくるのです。現代の日本のリーダーから聞いてみたい言葉でもあるし、古くささなんてまったく感じません。コンピューター付きブルドーザー」と呼ばれただけのことはある。 昭和の政治家「田中角栄」の言葉は、疲弊した今の日本が思い返すべき言葉です。「力のあるうちに、できるだけ早く、大きな仕事をやるべきだ。熟慮断行もヘチマもあるものか」
生き急げ若者。 最後に、寝る前に唱えたい言葉を紹介します。「世の中はいいことなど少ない。いやなことばかりだ。いやなことはその日のうちに忘れろ。明日またいやなことがわんさかやってくる。それにいちいちかまけていては戦(いくさ)ができない」
田中角栄さん、ありがとうございました。
Profile of 櫻木光 (CMプロデューサー)
~株式会社リフト 第一制作部 チーフプロデューサー~
- 1968年 佐賀県生まれ、44歳。
- 1991年 ニッテンアルティ入社(旧 日本天然色映画株式会社)
- 2000年にプロデューサーに昇格。
- 2009年 社名がリフトに変更。
プロデューサーと言ってもいろんなタイプがいると思いますが(日本にはCMプロデューサーと名乗る人が2000人もいるそうです)、自分のケツを自分で拭こうとしているプロデューサーは何人いるでしょうか?矢面に立つのは当たり前だとつっぱって仕事をしていたら、ついたあだ名が「番長」でした。根性論を書いているかと思ったら、意外に現実論者でもあります。
<主なプロデュース作品>
- AGF ブレンディボトルコーヒー(原田知世さんと子供)
- 日清食品 焼きそばU.F.O
- マルコメ 料亭の味
- リーブ21 企業CM
- コーセーサロンスタイル 『髪からはじまる物語」行定勲監督Webムービー
- クレイジーケンバンドPV