「世直しコラム」を名乗るからには
- 番長プロデューサーの世直しコラムVol.38
- 番長プロデューサーの世直しコラム 櫻木光
つい先日のこと。
女房と広尾の書店で本を見ていたら、近くの通路を通った男の人の足に、平積みになっていた本が引っかかり、パシャっと音をたてて床に落ちた。その音でハッとして、その男を見たら、なんと「チッ」と舌打ちをして、落ちた本を拾うどころか、その足で落ちた本を踏んづけ、何ごともなかったかのように雑誌を手にとって立ち読みを始めたのです。
自分の目を疑った。「それはいけませんよ」と思った。
赤いハットをかぶり、グレーの皮のジャケットを着て、真っ白のパンツ。頭は長髪の白髪。身長は178cmの僕より高い。何とも言えない格好の、一風変わった、タバコ臭い、柄の悪いおっさんだった。
日頃、世直しコラムなどと題して文章を書いているのだから、黙って見過ごすわけにはいかない。ここで見過ごせば、コラムの信憑性はゼロだ。
最初から脅すか、丁寧に行くか、数秒迷ったが丁寧に出てみることにした。
「あの~、あなた」
「なんだよ?」
「本、拾ったらどうですか?」
「俺には関係ねえよ。何言ってんだお前?」
「関係なくないでしょう。あなたが落としたんですから」
「俺が落としたんじゃねえよ」
「いやいや、あなたが落としたんですよ。見てましたから」
「俺じゃねえよ。いいがかりつけてんじゃねえよ」
「いいがかりって、あなた、あなたの足にあたって落ちたでしょ」
「細けえこと、がたがた言ってんじゃねえよ」
そういう不毛なやりとりが続く。
その男は、僕が引き下がると思ってか、凄く威圧的な態度だが、申し訳ないが、そういうことは全然怖くない。逆に面白い。
面倒だから、僕のモードを怖い人モードに切り替えようかと思った瞬間、隣でニコニコしながらやりとりを見ていた女房が口を開いた。
「だったらどうして本を踏まなきゃいけないんですか?」
「踏んでねえよ」
「踏みましたよ」
女の人からはっきり言われたからだろうか、男が少したじろいだ。すかさず、その売り場の横で立ち読みしていた若者が、少し離れた所から言った。
「明らかに踏みましたよ。意図的に本を踏みましたよね」
男は一瞬ぎょっとしたが、「わかったよ、拾えばいいんだろ」と言って落ちていた本を拾って、棚に投げた。ぽいっと。
カバーの外れた本が平積みの本の上に乗った。
「カバーをかけましょうよ」
「しつけえなあ。てめえ。なんでてめえなんかにそんなこと言われなきゃいけないんだよ?関係ねえじゃねえか」
「関係ないって、ありますよ。大人なんだから。ヘンなことしてる人は注意しないとね。大人なんだから」
どこで小さい子供が見ているかわかりませんからね。なんであの人は自分で落とした本を踏んで、いけないことなのに、それを誰も注意しないのだろう? と思われますからね。
「大人、大人って言ってる奴が子供なんだよ」
「あらら。意味がわかりませんが。どう考えてもあなたの言い分がヘンなんだから、さっさと本を元通りにしましょうよ」
「細けえことぐちぐち言ってんじゃねえぞ」
さっき口を開いた若者は、言うだけ言ったら遠くに逃げていき、まだ続く僕とその男の言い合いを携帯電話を構えて動画で録画している。さぞ面白いコンテンツになるだろう。大事件に発展したら、テレビ局にでも売る気なのだろうか?肖像権は主張するからな。勝手にWebに上げちゃだめだよ。
そこへ、本屋の人が恐る恐るやってきて聞いた。
「どうかいたしましたか?」
男が本屋の人に言った。
「こいつが、俺が本を落としたっていうからさ。もどせばいいんだろ。ごめんね。本を落としちゃった」
そして、僕の方を向いてこう言いました。
「お前には謝らないよ。迷惑をかけたのは本屋の人だからな」
女房がすかさず言い返す。
「この人、その本、踏んづけてましたから、売り物になりませんよ。ちゃんとお金もらったほうがいいですよ。本屋さんは」
本屋さんは、本当にトラブルが嫌でもう迷惑だという感じ。
「後はこちらでなんとかしますから。後はこちらでなんとかしますから」
2回も言うな。なんとかするならもっと早く出てこいよ。もう10分以上、大声で言い合ってるんだから、とっくに気づいていただろう。
とにかく帰ってくれってことなのか? 僕の買いたかった本はどうなるんだろう?
まあいいやと思って、立ち去ろうとしたとき、その男が僕にいいました。
「細けえことぐちぐちと、お前、いったい何様なんだよ」
せっかく帰りかけていたのに、またその男の鼻先まで戻っていました。
「まあ、なんでもいいけど、自分がクソみたいなことをやって、それで他人にとがめられて、恥ずかしくて言ったトンチンカンなことを、家に帰って思い出して見たらどうだよ。何が起きたのか自分に聞けよ。恥ずかしいから」
じゃあね。ごきげんよう。
「うるせえ。お前には関係ねえんだよ」
ずいぶん離れてから捨て台詞が返ってきました。
なんだかなあ。気分が悪いなあ。
こっちがやっていることの方が社会の迷惑なのかとさえ、思っちゃいます。おかしいのでしょうか?
帰り道に女房が言いました。
「偉いぞヒカちゃん。意味のわかんないおっさんだったね」
それで、まあいいか。です。
あんな柄の悪いおっさん相手にちっともビビらないこの女も、どうかと思いましたけど。
Profile of 櫻木光 (CMプロデューサー)
~株式会社リフト 第一制作部 チーフプロデューサー~
- 1968年 佐賀県生まれ、44歳。
- 1991年 ニッテンアルティ入社(旧 日本天然色映画株式会社)
- 2000年にプロデューサーに昇格。
- 2009年 社名がリフトに変更。
プロデューサーと言ってもいろんなタイプがいると思いますが(日本にはCMプロデューサーと名乗る人が2000人もいるそうです)、自分のケツを自分で拭こうとしているプロデューサーは何人いるでしょうか?矢面に立つのは当たり前だとつっぱって仕事をしていたら、ついたあだ名が「番長」でした。根性論を書いているかと思ったら、意外に現実論者でもあります。
<主なプロデュース作品>
- AGF ブレンディボトルコーヒー(原田知世さんと子供)
- 日清食品 焼きそばU.F.O
- マルコメ 料亭の味
- リーブ21 企業CM
- コーセーサロンスタイル 『髪からはじまる物語」行定勲監督Webムービー
- クレイジーケンバンドPV