憂鬱と閉塞感と未来
- 番長プロデューサーの世直しコラムVol.35
- 番長プロデューサーの世直しコラム 櫻木光
今回は、ちょっと内に向いた話です。
スーパーでその店のお薦め商品という海苔の佃煮を買ったら、賞味期限切れだった。コンビニのレジに並んだら、店員が来るまで10分待たされた。タクシーに乗って告げた行き先はすごく有名なランドマークなのに「新人ですので・・・」と、最近ありがちな運転手さんのエクスキューズ。パッケージにMac対応と書いてある無線LANの機器がつながらないのでカスタマーセンターに電話したら、オペレーターは「論理的にはMacに対応していますが、物理的には対応しかねます」だと。なんのこっちゃ! スターバックスの店内、若い母親がいきなりテーブルの上で赤ん坊のおしめを替え始めた。
最近「はあ?」と思うようなこと、イライラすることが多くなった気がする。前からこんな感じだったんだろうか? 気づかなかっただけだろうか?
一方、僕は会社員なので、個人情報保護法や企業コンプライアンス、コーポレイトガバナンスとかいう言葉の中で暮らしている。企業や企業に所属する人間の行動に対しての決まりや基準が、とっても厳しくなっている。上場企業に勤めると、株主に対して云々、情報の開示が云々、内部監査に外部監査。日々、管理部門からいろんな指示が降りてくるらしい。精算の期限も厳しくなり、請求やなんやかんや、下請法という法律で厳しくなった。人間関係でも、なんか言えばパワハラ、冗談言ってもセクハラ。仕事のメールを間違って関係のない人に送っちゃったりしたら、もう大変。解雇されそうな勢いで怒られるそうだ。
公務員もたいへん、夜中まで根詰めて働いた帰り道、タクシーの運転手さんにビールを一本もらっただけで大問題になる。
世の中の決まりがどんどん厳格になるのは、それだけでストレスの種だ。そこまでしなくてもと思うこともある。
ただ、今までがあまりにいい加減だったのも、事実ですから。どんぶり勘定、今回は泣いてね、お互い様で、「よろしく、すいません」と謝って、誰かが間に入り「まあまあ、反省しているみたいだから」と、まるく納まる優しい社会だった。裏では誰かが泣き寝入りしていたんだろうけど。
いい加減なことは認めないという世の中になり、ルールのアップデイトをさぼるとひどい目に遭うようになった。それはそれで、いいことであると思うんだが。
いろんな決まりごとを窮屈に感じて仕事をしている上に、向けるべき相手には極端にホスピタリティが求められるようにもなっているから、ずぼらな人的ミスがますます許せなくなる。そんな図式でしょうか。
コンピューターやインターネット、携帯電話、液晶ハイビジョンテレビにブルーレイのハードディスクレコーダー、デジカメや無線LAN、ハイブリット自動車・・・。生活の道具があっという間に形を変え、がらりと新しくなって、高度に複雑化し始めている。いろんなところで、新しいシステムへの強引なまでの切り替わりがあり、旧来のシステムが機能しなくなっている。そこに多くの人間がついて行けていない気がする。冒頭のような人的ミスは、だから生まれているのではないか。
ついでに言うと、高度成長期の「がんばったら幸せが見える」、「貧乏だから金持ちになろうぜ」みたいな発展途上なモチベーションが置き去りにされつつあるとも感じる。近代化を達成したころ小学生だったような人たちや、バブルのころに赤ん坊だった人たちが社会に出てきているのだから。ある程度の豊かさの中で、「優しい人になりますように」と育てられた世代は前世代の人たちよりも確実におっとりとしている。彼らにはギラギラして欲深そうな、「天下取ってやる」みたいな思想はない。戦後生まれの人たちが、僕らのことを「新人類」と呼んでいた気持ちがよくわかる。
旧世代は、革新的に変化していくテクノロジーについて行くのがやっと。若い世代は、どんどん厳しくなる社会の決まりに僻僻し、鬱病になっちゃう者も多い。
それが今の日本。逃げ場がない。
自民党が、ほんとうに野党になっちゃった。デジタル対応に買い換えないと、テレビが見られない。ことほど左様に、世の中が変わり始めている。よほどの信念がない限り変革に順応するしか生きる手立てはないわけだけど、なんとなく閉塞感につつまれて憂鬱である。
失敗しないことを求められ、そのプレッシャーに押しつぶされそうで、無神経に失敗する奴に過敏に反応してムカムカしてしまう。
自分自身も、明らかにそうだと感じる。これが憂鬱の原因なんじゃないかと思います。
こういう状況でも、つきまとう不安や憂鬱をふりはらって楽しく暮らす方法を考えなきゃいけない。
想像力と好奇心で自分の未来をいいように考える図々しさが、必要じゃないか。その上で、人の立場になって考えてみる癖を身につけ、相手に向かって投げていい言葉かどうかをよく考えてから発言する慎重さを大切にする。つまりは、配慮あるコミュニケーションをしようということ。自分のことばっかりしゃべってちゃいけない。
関係者全員が、お互いにそう心がけたらなんとなく楽しくなりそうだな程度のイメージなんだけど。
そうやっていけば、いいことはきっと増えると思うんだ。
Profile of 櫻木光 (CMプロデューサー)
~株式会社リフト 第一制作部 チーフプロデューサー~
- 1968年 佐賀県生まれ、44歳。
- 1991年 ニッテンアルティ入社(旧 日本天然色映画株式会社)
- 2000年にプロデューサーに昇格。
- 2009年 社名がリフトに変更。
プロデューサーと言ってもいろんなタイプがいると思いますが(日本にはCMプロデューサーと名乗る人が2000人もいるそうです)、自分のケツを自分で拭こうとしているプロデューサーは何人いるでしょうか?矢面に立つのは当たり前だとつっぱって仕事をしていたら、ついたあだ名が「番長」でした。根性論を書いているかと思ったら、意外に現実論者でもあります。
<主なプロデュース作品>
- AGF ブレンディボトルコーヒー(原田知世さんと子供)
- 日清食品 焼きそばU.F.O
- マルコメ 料亭の味
- リーブ21 企業CM
- コーセーサロンスタイル 『髪からはじまる物語」行定勲監督Webムービー
- クレイジーケンバンドPV