職種その他2012.12.12

Ambika P3で起こっていた“事”(Dinge)

London Art Trail Vol.6
London Art Trail 笠原みゆき
Ambika P3の入り口

Ambika P3の入り口

ウェストミンスター大学地下の隠れ家的ギャラリーAmbika P3から。かつてコンクリートのテスト工場であったこの空間は今でもその様子が色濃く残っていて、入り口で出くわす無数のむきだしのパイプ、積み上げられた建材を目にすると、うっかり場所を間違えて入ってしまったのではと錯覚してしまうような空間。1960年代に建てられた4km四方の広さを誇るAmbika P3は、現在は主に現代美術と建築の実験の場として使われています。

まず螺旋階段を降りて中に入ると、霧のかかった世界に巨大な器械のようなものが、樹木と共に音を奏でながら水上を動いていくのが目に入ります。よく見るとそれは5台のピアノと樹木、石や金属が、一つのインスタレーション彫刻のように天井から吊るされているもので、無人のビアノや金属彫刻が百鬼夜行さながらに、それぞれ演奏しながら水の舞台の上を移動していたのです。

 
音を奏でる5台のピアノと樹木、石や金属の彫刻

音を奏でる5台のピアノと樹木、石や金属の彫刻

上から見たStifter’s Dinge。水上には文字が浮かび上がっている。

上から見たStifter’s Dinge。水上には文字が浮かび上がっている。

作品はドイツの現代音楽作曲家、演出家であるHeiner Goebbelsの“Stifter’s Dinge”で、20年以上に渡りサイトスペシフィック・アート(特定の場所のために制作された美術作品)を中心に数々の意欲的なアートプロジェクトを実現させてきた英国美術団体Artangelによるコミッション。19世紀初頭のオーストリアのロマン派の作家Adalbert Stifter(アダルベルト・シュティフター)(1805-1868)の本に触発されたこの作品は、シュティフターの幻想的かつ緻密な自然描写の世界を演奏家のいない演奏、役者不在の舞台で再現。 2週間の今回の展示公演では2008年にAmbika P3で発表したStifter’s Dinge(有料公演)に加え、ニューバージョンのStifter’s Dinge: The Unguided Tour(無料公演)が紹介されました。 私が今回体験したのはこちらのニューバージョンで、The Unguided Tourでは、観客が単に席に座って舞台を観るのではなく、一日何時間にも渡る公演の中、好きな時に会場に入り、会場内を自由に動き回って舞台を体験することを可能にしました。

音の彫刻が影絵に。

音の彫刻が影絵に。

舞台では特に水を使った演出が印象的でした。氷が解け突然霧が立ちこめたり、水が湧き出たり、時には雨が降ったりと荒々しい天候や自然を表現していて、その水音も音の風景の一部と化していました。シュティフターの作品はまた生態学的大惨事を啓示していたとされますが、ゲッベルスはその巨大なコンクリート工場の舞台で水という要素を効果的に用いることでその末期的な世界観をうまく表現していた気がします。ふと生態学的大惨事後の世界で水を重要なモチーフとして、対話を中心にじわりじわりと話が進んで行くアンドレイ・タルコフスキーの映画、“ストーカー”(1979年)が思い起こされました。また時折幕が下りて器械や樹木が影絵になったり、その幕上に中世の絵画が現れたり、水上にシュティフターの詩が、壁にWilliam S. Burroughsのテキストが現れたりと舞台は刻々と変化していきます。人は登場しませんが,録音声のニューギニアの儀式の様子やMalcolm X, Claude Lévi-Straussの声がきこえてきたりもしました。

赤い水と絵画が現れる。

赤い水と絵画が現れる。

舞台全体に雨が降っている。

舞台全体に雨が降っている。

舞台に人が立つとどうしてもその“人”に意識が集中しますが、あえて人を含まないことで、そこで起きる現象に意識を集中することが出来るのもこの舞台の特徴ではないかと思われます。会場を観客一人一人が思い思いのポジションで立ち止まり、そこで起こっている“事”(Dinge)を鑑賞しているようすはまるで、観客そのものが作品一部になっているようでもありました。

最後に、こちらの動画は今回の公演にあたってのゲッベルスへのインタビュー。 少しだけStifter’s Dinge: The Unguided Tourが味わえます。

(C)Artangel

Profile of 笠原みゆき(アーチスト)

笠原みゆき

©Jenny Matthews

2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。
Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。

ウェブサイト:www.miyukikasahara.com

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