恋のロンドン狂騒曲
- ミニ・シネマ・パラダイスVol.6
- ミニ・シネマ・パラダイス 市川桂
新宿武蔵野館1・2・3は分かり難いようで、けっこう身近な場所にありました。 東京屈指のターミナル駅、新宿駅東口から徒歩3分、そんな近場にあったかな?と記憶をめぐらしてもそれらしい建物は記憶にない。行ってみると分かりますが、雑居ビルの入居看板をよ~く見ると1、2階がファッションブランドのZARAで、3階に新宿武蔵野館の名前がありました。 ビルの築年数もけっこういってそうですし、映画館の目印は1階の入り口にパタパタとはためく2枚の旗に「新宿武蔵野館」と書いてあるだけです。その旗がまた、雨が少し降っているせいもあるかもしれませんが、赤と呼ぶにはもうちょっとボルドーに近いトーンの落ちた色。(古びて汚れているだけかも。)かなり渋い、と思いました。目線を少しあげると新宿駅は目の前。もしかしたら今までで一番駅に近いかもしれないのに、街並みに紛れて気付いていませんでした。
こちらの映画館は歴史が古く、1920年に発足。映画が世に出てきて間もないころで、以前は最大1500席までありましたが、時代の流れの中で増席ののち、スクリーンによっては閉館などもあり、現在は3階に3スクリーン(武蔵野館1:133席、武蔵野館2:84席、武蔵野館3:84席)というかたちに落ち着いています。1・2・3は3つの場所に分かれているのではなく、3スクリーンのことを意味しています。今はアート系作品から、B級映画、邦画・洋画とレイトショーなど、幅広い映画を取り扱っているのも、かつては大衆系がメインだった名残りなのだと思います。 駅の反対に目をこらすと、大きな映画館の「バルト9」や「新宿ピカデリー」があります。 かつてこの映画館もそんな存在だったのかなぁと思うと、ますます渋い映画館ですね。
その良い意味で渋い武蔵野館3で観た、「恋のロンドン狂騒曲」はウディ・アレン監督による最新作です。 ラブストーリーを12月の寒空の中、クリスマスも近いこの時期にお一人様で見に行くには勇気がいりますが、ウディ・アレン作品ならきっと大丈夫、と、私は足を運びました。
人間の恋模様を数多く手がける77歳の人気監督、いつだって恋に振り回される男女をとことん皮肉って、嘲笑して、時には意地悪をし、でも「人生ってそんなもんだから楽しいんでしょ」と言わんばかりの結末に落とし込んでいきます。ウディ・アレンにとことん皮肉られる男女を一緒になって笑っていられるので、観ている側も優位な立場に立ち、肩の力を抜いて、安心して観ていられます。
「恋のロンドン狂騒曲」は、離婚したばかりの老夫婦と、その一人娘の夫婦の2組のカップルが軸となっています。なんだか設定を書いただけで残念な感じではありますが(それこそが面白いところなのですが)、老夫婦は40年連れ添っていたが、老いからくる止められない死への恐怖から、若返りを求めて暴走した夫アルフィ(アンソニー・ホプキンス)は、自由で金使いも荒いナイスバディーな若い娼婦と結婚。 妻ヘレナ(ジェマ・ジョーンズ)は離婚して最初は落ち込んでいたが、救いを求めて占いにはまり、いつのまにかすっかり立派(?)なオカルト女になり、妻に先立たれたオカルト男と付き合いはじめます。 一人娘サニー(ナオミ・ワッツ)は1発屋なのに1発屋と認めない小説家の夫にやきもきし、勤務先であるアートギャラリーのボスと付き合いたいと前のめりになり、娘の夫ロイ(ジョシュ・ブローリン)は、口うるさい妻にうんざりし、窓から見える向かいに住んでいる、他の男と婚約中の美女といつのまにか良い感じになっていく。 4人はそれぞれの夫婦関係はあるものの、別の場所に救いを求めてはその恋に振り回されます。当然、どの恋も素敵に胸躍るように上手くいく訳もなく・・・。
今回、ナオミ・ワッツの演技が劇場内で一番笑いを誘っていました。 ことあるごとに上手くいかず、自分の思い通りにいかないシーンが登場人物の中で一番多く、たとえば自分のギャラリーを開くため、以前から資金の出資を約束していた母ヘレナが、直前になって「クリスタル(占い師)が、今は星のめぐりが悪いからお金は出すなって・・・」と資金出資を断固拒否。 頼りにしていた娘サニーはまさにズッコケ・・・ガ~ン!といった心境で、そこでカメラはサニーに近寄りドアップで目を見開き、唇をひしゃげるナオミ・ワッツが拝め、かなり笑えるのですが、もうなんだかとことんやってくるウディ・アレンに「もう彼女を虐めないで、許してやって」と思ってしまうほどです。
1時間38分、4人のまさに狂騒曲はあっという間に終わります。 クリスマスに近いので、84席の映画館は若いカップルと老夫婦が多かったのですが、 正直さらに愛が深まるというより、「自分たちはこうならないように気をつけよう・・・!」と、言葉にはしないけど、少し気まずい感じになりそうです。 お一人様で観た私は、ウディ・アレンになった気分でそんなカップル達を斜め横から見ることができました。
Profile of 市川 桂
美術系大学で、自ら映像制作を中心にものづくりを行い、ものづくりの苦労や感動を体験してきました。今は株式会社フェローズにてクリエイティブ業界、特にWEB&グラフィック業界専門のエージェントをしています。 映画鑑賞は、大学時代は年間200~300本ほど、社会人になった現在は年間100本を観るのを目標にしています。