「ある朝突然に腹巻きが」
この夏の朝。顔を洗いボーッと鏡を見ていたら、ふと腹巻きがほしいなと思ったのです。そのとき浮かんだイメージは寅さんのあの腹巻きです。なぜ?と聞かれても答えようがありません。強いて言えば猛暑にカラダがやられてしまったせいでしょうか。暑い日には熱いものをという説がありますが、それは食べたり飲んだりの話で腹巻きとは何の関係もなさそうですね。
ふだんの僕はかなり強めのアマゾニストです。特に生活用品はほぼ頼りきっていて洗剤やシャンプーなどかさばって重いものはもちろん、ティッシュペーパーから付箋紙まで運んでもらっています。しかしこの日はやはりどうかしていたのだと思います。魔日というか。無性に自力で探したいと思ったのです。おそらくネットでピピッと検索すればすぐに見つかり、ポチッと押せばその日のうちに配達されることはわかっています。でもそれじゃ何かに負けた気がしたのです。何かというのは、時代の流れというかAIというかそんな最近のヤツらです。まさに魔日。しかし別にそんなに難しいことだとは思いませんでした。
腹巻きを売っている店。すぐに思い付いたのは百貨店です。百貨店にないものはないと信じてやまないのが僕たち昭和世代の特徴。 さらに僕は個人的にも百貨店への思いが強いのかもしれません。それはきっとこの新聞広告(※写真①)のせいです。これは今から25年前に僕の師匠のコピーライター仲畑貴志さんとアートディレクター副田高行さんによって作られた福岡の百貨店岩田屋の広告。当時岩田屋にあった全商品名が新聞2面ぶち抜きでビッシリと埋められています。僕はこのとき文字校正のお手伝いをしたので腹巻きがあったことをしっかり覚えていたのです。なので、まさか銀座のライオンが鎮座する大百貨店に腹巻きがないなんて信じられませんでした。きれいなインフォメーションのお姉さんから紳士売り場に確認をしてもらい「当店にはお取り扱いがありません。申し訳ございません」と親切丁寧な説明を受けました。
さて、では次はどこに行こうかと店を出て4丁目の交差点をキョロキョロしながら、そうだ!昭和ではなく平成を代表する流通業界の両巨頭のあそこかあそこに行けば大丈夫だろうと簡単に思い付きました。それで即その足であそこ(※写真②)とあそこ(※写真③)のどちらにも行きましたが何と共に腹巻きはありませんでした。どちらのお店の店員さんもとてもやさしい笑顔で「当店では取り扱いがありません」と言われました。季節のせいか、それとも令和の時代に腹巻きは絶滅したのでしょうか。ここで途方に暮れました。どこに行けばいいのかわかりません。これが地元の福岡なら中洲川端商店街に売っていそうな店の見当が付くのですがここは東京。いつもならスマホですぐに解決ですが意地でもそうはしたくありません。困りました
困ったときは最初に戻れ。そんな格言があるのか知りませんが(たぶんありません)僕はそうしています。刑事ドラマでよく聞く「現場百遍」みたいなもの?今回の場合、そのヒントは寅さんです。ということは次に向かう場所は当然葛飾柴又!いざ柴又、ふだんならスマホの乗り換え案内でサクッと行き方が出るとこですがここまできたらそれはできません。そこで銀座駅で路線図を確認するとこれがもうさっぱり迷路でどこが柴又なのかわかりません。困ったときは人に聞け。そんな格言があるか知りませんが(これはありそう)僕はそうしています。駅員さんに尋ねると詳しくわかりやすく教えてくれました。隣の東銀座駅で都営浅草線に乗り換えさらに青砥駅で京成線に乗り換えます。約45分かかって着いた柴又駅ではまるで「待ってました!」とばかりに寅さんの像が迎えてくれました(※写真④)。
それから駅前の地図を見て寅さん記念館に行ったのですがグッズは少なく腹巻きは置いていません。すがる思いで記念館の人に「寅さんの腹巻きが欲しいです」と言ったところ、「腹巻きなら駅前の観光案内所で売ってるよ」と軽く言われ「うわ~、ありがとうございます!」と大きな声でお礼を言ったらキョトンとされました。ダッシュで駅前に戻りました(※写真⑤)。
ありました!!案内所の人に断って写真を撮らせてもらい(※写真⑥)念願の品を購入しました。たった一つの買い物でこんな充足感が味わえるとは不思議な夏の一日でした。
帰りの電車でこの日初めてスマホで「寅さんの腹巻き」と検索したらいきなり今買ったばかりの案内所のホームページが現れました。わずか1秒で見つかりました。人類は恐ろしいものを手に入れてしまったのかもしれません。ところで、家に戻り腹巻きをして朝と同じ鏡で自分の姿を見たのですが、寅さんというよりバカボンのパパっぽいと思った話はまたの機会に。